クリスマス休暇を前に、ウクライナとロシアの戦争を終結させるための和平交渉が、この数週間、活発化している。こうした中、ドナルド・トランプ米大統領(以下、初出以外敬称および官職名等略)が「タンゴ」の慣用句を用いて、和平交渉に言及した。以下では、トランプの「タンゴ」発言の解釈を中心に考えてみる。
「タンゴ」発言の解釈
ウクライナとロシアの和平交渉に関して、トランプはホワイトハウスの記者団に対して、「タンゴは二人で踊るもの(It takes two to tango)」と発言した。この発言をどう解釈すればよいのか。
まず、ウクライナとロシアの和平交渉が停滞した場合、両国の責任であると、トランプは言いたかったのだろう。仲介役の米国、もっと正確に言えば自分ではなく、ウクライナとロシアが悪いのだと――彼の「タンゴ」発言には「自己防衛」と「責任の押しつけ」の意味が込められているのだ。これは、実にトランプらしいコミュニケーションである。
また、和平交渉を成功させるには、交渉においてウクライナとロシアの関与が不可欠であるという意味も含まれている。つまり、二国がうまくタンゴを踊れさえすれば、和平交渉は成立すると言いたかったのだろう。そして、この場合、合意に当たって大きな譲歩をしなければならないのは、明らかにウクライナ側である。
その見方で言えば、今、タンゴを踊っているのは、ウクライナとロシアではなく、パートナーとして良好な関係を築いている米国とロシアだ。
モラルがないホワイトハウス
与党共和党議員で、下院軍事委員会に所属するドン・ベーコン議員(西部ネブラスカ州第2選挙区選出)は、現在進行中のウクライナとロシアの戦争を巡る米国とロシアの和平交渉におけるビジネス取引に関して、強い懸念を示した。ベーコンは、米ABCニュースで、米有力紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版11月29日付)の記事を取り挙げた。
同記事は、トランプの真の和平案は「金儲けである」とし、和平交渉を担当するスティーブ・ウィトコフ米特使およびトランプの長女の夫ジャレッド・クシュナー氏と、ウラジーミル・プーチン露大統領が指名した交渉担当者のキリル・ドミトリエフ氏の間で、米ロがビジネス取引をして二者が協力する案が示されていると報じた。
ウィトコフとクシュナーは不動産開発業者で、ドミトリエフは米金融大手ゴールドマン・サックスで投資銀行家として働いた経験を持つ。彼らはビジネスの話ができるのだ。
協力する案の中には、ウクライナのドンバス地方のレアアース(希土類)や北極圏のエネルギー関連の取引が含まれていると言う。
この記事に関してベーコンは、トランプを取り巻く人々はすでに億万長者であるにも拘わらず、和平交渉に便乗してさらに金儲けをしようとしていると指摘し、「ホワイトハウスにはモラルがない」と断じた。彼は、ロシアと米国の億万長者たちの間で、数十億ドル規模のビジネス取引が行われようとしていると、ウォール・ストリート・ジャーナルの記事の内容に基づいて米国民に警告を発した。
加えて、ベーコンは自身のSNS(交流サイト)に「彼らの貪欲がウクライナの主権を凌駕している」と投稿した。
現在の米国のリーダーは、民主主義や自由主義重視の「価値外交」ではなく、「ビジネス取引ファースト、ウクライナ国民の生活セカンド」の外交を展開していると思われる。
トランプの2条件
このような視点から見ると、ロシアのタンゴのパートナーはむしろ米国、より狭く限定すればホワイトハウスである。なぜ、トランプはロシアをタンゴのパートナーにしたのか。
まず、トランプは強いリーダーを好む。当然だが、彼は、ウクライナのボロディミル・ゼレンスキー大統領よりも、プーチンの方が強いリーダーと捉えているのである。
次に、トランプは、ウクライナと組んでも自分にもたらされる「利益」が少なく、ロシアとビジネス取引を行えば「利益」が大きいとみている。ウクライナはビジネス取引において魅力に欠けるのだ。
率直に言ってしまえば、トランプはロシアとのビジネス取引は金儲けになるが、ロシアと比較すると、ウクライナとの取引は利益にならないと考えているのだ。トランプが判断を下すとき、「強さ」と「金儲け」が2条件になる。
しかも、金儲けに関しては、トランプの岩盤支持層に対して、ウクライナから金を取り戻しているというメッセージを送り、支持層の強化ができる。
一方、ロシアにとっても米国とタンゴを踊る意義は極めて大きい。ロシア政府は、金儲けの欲求が高いトランプや政権内の億万長者たちの足元を見て、レアアースや天然ガスの共同開発のプロジェクトを「餌」に、ウクライナの領土割譲等で有利な合意を引き出すことを狙っているからだ。
