Foreign Policy誌(web版)は、「勢力圏の概念が国際政治に復活してきているが、この概念については誤解されていることが多い」と指摘するスティーブン・ウォルト(ハーバード大学教授)の論説を1月19日付けで掲載している。概要は次の通り。
このところ、米国の国家安全保障戦略や、トランプ政権のベネズエラに対する措置、同政権のグリーンランドについての努力を巡って「勢力圏」について話題になることが多い。大国は近隣地域において制約を受けない影響力を行使すべきであるという勢力圏の考え方は、大国の強大な指導者は国際法や道徳的な原則などにわずらわされずに、世界を運営し、他の大国と互いに取引を行うべきであるというトランプ大統領の考えと一致している。
大国が勢力圏を形成するという考え方に対する批判は規範的なものである。すなわち、主権国家によって構成される世界では、いずれの国も同等の地位にあり、大国が近隣の弱小国に対して経済的・軍事的威圧によって影響力を行使して良いというのは本来的に間違っているということだ。一方、こうした見方は、現実的なものではなく、勢力圏が生まれるには三つの理由がある。
第一に、大国は、その近隣地域に対して、遠くに位置する他の大国よりも強い利害を持っている。自国の近傍において、自国にとってマイナスの動きが生じることを阻止するためにリスクを冒し、コストをかけようとする。
第二に、貿易はグローバリゼーションの時代であっても、近くの地域との間で盛んに行われる傾向がある。
第三に、自国の近傍に軍事力を投射することは容易であるので、大国は自国に挑戦的な態度をとる近隣国に対して、信憑性のある形で軍事的に威嚇することができる。
国際政治においては勢力圏が頻繁に現れるので、(勢力圏による棲み分けは)世界を組織し、大国間の争いを軽減するための有益なやり方ではないかと主張する識者もいる。大国がお互いにそれぞれの勢力圏を認め、尊重することに合意すれば、利害の衝突は減るだろうとの考えである。
ところが、歴史を徴すれば、この処方箋には懐疑的にならざるを得ない。冷戦時の欧州がこのやり方の成功例として挙げられるが、欧州においても1950年代には絶え間なく危機が起こっていた。植民地への支配を争った帝国主義時代の経験が示すように、それぞれの地域に対してどの大国が支配的な影響力を行使するかの相互同意によって平和を確保することは容易なことではなかった。
今日においてはどうであろうか。勢力圏モデルを受け入れることで国際政治を平和なものにしようとしても、大国間競争に終止符を打つことにはならない。今日、世界の経済は不可逆的にグローバル化しており、生活水準は複雑なサプライ・チェーンに依存しているので、いかなる地域も外部の経済的な動きから完全に遮断することはできない。
