自国と緊密な関係にある国家元首が相次ぎ失脚、殺害される中、ロシアのプーチン政権が彼らを助けることができず、その意思も乏しい実態が浮き彫りになっている。2024年12月のシリアのアサド政権崩壊に続き今年1月のベネズエラのマドゥロ大統領、そして2月にはイランの最高指導者ハメネイ師が米国、イスラエル軍の手によってあっけなく殺される事態となった。
イランをめぐる戦争は一時的にはエネルギー資源高を引き起こすため、ロシアの経済面にはプラスになり得るが、中長期的には中東における重要な連携国のイランとの関係が弱体化する可能性が高い。泥沼化するウクライナ戦争から抜け出すことができないプーチン政権は、米国とイランの戦争を長引かせるために水面下で軍事情報をイランに提供するなどして情勢をかく乱し、自国に優位な局面が訪れることを虎視眈々と狙っている。
立ち消えた「プランB」
「ハメネイ師が側近や家族約20人とともに、ロシアに亡命する〝プランB〟と呼ばれる計画がある」
今年1月、英タイムズ紙のスクープが世界の注目を集めた。イランにおける反政府デモが激化する中、仮に治安維持部隊がデモ隊を制圧できない事態に陥れば、ハメネイ師をロシアに逃亡させる計画があったのだという。
実際にこの計画が実行に移されることはなかったが、計画が存在したことの信ぴょう性は決して低くはなかった。反政府デモの激化などを背景に、ロシアと緊密な関係を持つ国家指導者がロシアに亡命するケースは、古くは14年のウクライナの親ロ派ヤヌコビッチ大統領や、最近では24年に亡命したシリアのアサド大統領がいた。
ヤヌコビッチ氏にいたっては、プーチン大統領は後にロシアの精鋭部隊がヘリコプターを使って亡命させたという〝救出劇〟を武勇伝のように紹介したが、イランをめぐってはそのような救出劇が起きることなく、最高指導者であったハメネイ師は米国、イスラエルによる攻撃開始直後に殺害された。ロシアがハメネイ師を救う意思をどこまで持っていたかは不明だが、プーチン氏はハメネイ師を守ることはできなかった。
