高市早苗総理(以下、初出以外敬称および官職名等略)は、APEC(アジア太平洋経済協力会議)の閉幕にあたっての記者会見で、ASEAN(東南アジア諸国連合)から始まった一連の外交を振り返り、日米同盟をさらなる高みに引き上げるなどの方針を実践に移すことができたと述べた。また、ドナルド・トランプ米大統領を含め、会議に出席したリーダーたちと信頼関係を構築できたと成果をアピールした。
トランプと高市の関係は、映像で見る限り「トラ高」時代の到来を思わせるほど、初対面にしては親密に見えた。しかし、「トラ高」(以下、トランプと高市の関係を「トラ高」と呼ぶ)には落とし穴が存在する。以下で述べていこう。
高市のコミュニケーション戦術
10月28日に開催された日米首脳会談で、冒頭、高市はトランプに安倍晋三元総理との長き友情と、昭恵夫人に対するトランプの「歓待」に感謝の意を表し、安倍からトランプ外交がダイナミックであると話した。高市は、トランプとの初めての対面でのコミュニケーションの導入部分において安倍を使い、(トランプとの)心理的距離を一気に縮めた。
続いて、高市はトランプのアジアと中東における和平に言及し、「歴史的な偉業」と褒め上げた。トランプは、訪日前、マレーシアで行われたASEANの会議に出席し、「8カ月で8つの戦争を終結させた」と強調していた。
全部が終結している訳ではないのだが、トランプが主張した「和平実現」に関して、高市の「短期間で世界は平和になった」「高く評価する」「私自身も強い感銘を受けた」という連続の誉め言葉は、彼の心に響いたことだろう。
さらに、高市は来年建国250周年を迎える米国に、桜の木を250本寄付すると伝え、独立記念日の7月4日に秋田県の花火が打ち上げられると聞いていると語った。そのうえで、日本も米国と共に、250周年を祝いたいと述べた。トランプはしばしば、この250周年のとき、ホワイトハウスの主であることを話題にしている。
今回の日米首脳会談に同席していたジョージ・グラス駐日大使が、高市の250周年の発言に頷いていたのが印象的であった。在日米国大使館によれば、グラスは金融、投資銀行およびテクノロジーに精通している。
外交官ではなく元実業家のグラスは、高市の米国建国250周年に関する発言に対して、日本側に「賛同」の非言語メッセージを発信した。日本側が彼のこの非言語メッセージをキャッチしたかは確かではないが、もし受け取ったとするならば、これは日本側を勇気づけるメッセージであっただろう。
最後に、高市は日米同盟の新たな「黄金時代」をトランプと共に作り上げていきたいと締めくくった。トランプは、これまでの演説で黄金時代という言葉を使い、第2次トランプ政権の「売り」にしている。
以上の高市のメッセージは、トランプを喜ばせ、彼の自尊心と自己愛を多いに満足させるものであったと言える。
「トラ高」時代の到来と「落とし穴」
今回のトランプ訪日における彼と高市の言動を見ると、「トラ高」時代の到来を感じさせる場面がいくつかあった。例えば、高市がトランプと米大統領専用ヘリコプター「マリーンワン」に乗り込み、その移動中に撮影されたツーショットでは、2人が寄り添って笑顔をみせている。横須賀基地に到着後、空母ジョージ・ワシントンでみせた2人の「蜜月ぶり」も記憶に新しい。
しかし、高市とトランプの関係には、安倍とトランプとは異なり、落とし穴があるだろう。
第1に、第2次安倍政権では、「安倍一強」と呼ばれ、安倍は多大な影響力を発揮した。これに対して、高市は少数与党のトップであり、野党との連携や合意が欠かせない。トランプの要望に応えようとすると、国会で与野党の対立が激化し、困難な場面に直面する可能性がある。仮にトランプの要望が通らなければ、「トラ高」に悪影響が及ぶ。
トランプは権威主義的な強いリーダーを好む傾向がある。現時点では、トランプは高市を安倍との関係で評価しているが、今後、彼女は「強いリーダー像」を発信し続けていく必要がある。
仮に何かのことが起きて、トランプが高市を「弱いリーダー」とみなすようになれば、現在の「トラ高」が崩れるリスクが高まる。
