ハリウッド・ウォーク・オフ・フェイムにあるライナー監督のプレートには、複数の花束が供えられた(15日、ロサンゼルス)
映画「スタンド・バイ・ミー」など数々の名作で知られるアメリカの映画監督、ロブ・ライナー氏と妻ミシェル・シンガー・ライナー氏がロサンゼルスの自宅で遺体となって14日に発見された事件で、ロサンゼルス警察は15日、夫妻の息子ニック・ライナー容疑者(32)を14日夜に殺人容疑で逮捕し、保釈なしで拘束していると発表した。
BBCがアメリカで提携する米CBSニュースが伝えたところによると、夫妻の娘ロミー氏(28)が14日、ロサンゼルスの自宅で複数の刺し傷を負った両親を発見したという。夫妻の死因は、公式には発表されていない。
消防当局は14日、現地時間午後3時38分ごろに救急医療の対応が必要だと通報を受けてロサンゼルス・ブレントウッドの民家へ向かったところ、家の中で78歳男性と68歳女性の遺体を発見したと発表した。2人は現場で死亡が確認されたという。当局は、2人の身元や死亡現場の状況を直ちには発表しなかった。
警察は、ニック容疑者を現地時間14日午後9時15分頃に逮捕した。捜査当局は動機を公表しておらず、捜査は継続中だとしている。
容疑者と家族
逮捕されたニック・ライナー容疑者はこれまで、薬物依存症との闘いについて公にしてきた。父親が監督を務めた2016年映画「ビーイング・チャーリー」では、脚本を共同執筆。薬物依存の若者を描いたこの映画の公開当時、容疑者は、薬物に依存する自分の苦しみを参考にして書いた脚本だと、米誌ピープルに話していた。
容疑者は何年もリハビリ施設を出入りし、10代の頃には路上生活も経験している。
ライナー監督夫妻は、息子が依存症と格闘している間、自分たちも必死だったと話していた。一方で、リハビリプログラムがうまくいっていないと息子が言うと、自分たちは必ずしもその言うことを受け入れず、息子よりも、息子の治療にあたっていた専門家の言葉を信じていたと夫妻は認めていた。
「私たちは(治療にあたった人たちに)とても影響されていた。その人たちは、息子がうそをついていて、私たちを操ろうとしているのだと言い、私たちはそれを信じてしまった」とミシェル・ライナー氏は2015年に、米紙ロサンゼルス・タイムズに話していた。
その際、ライナー監督は同紙に、「息子の言うことをしっかり聞くべき時に、私たちは彼らの声を聞いていた」とも話していた。
映画「ビーイング・チャーリー」は、一家にとっていやしとなったように見えていた。ライナー監督は、映画を作り始めた頃には「関係がとても近くなっていた」と話していた。
同様に、ニック容疑者は当時、米誌ヴァラエティーに、映画製作の過程で関係が深まったと語った。映画で父親と仕事をするのは楽しかったが、今後は独立して、自分のプロジェクトを完成させたいのだとも話していた。
数々の名作
コメディ界の大物カール・ライナー氏を父に持つライナー監督は、「スパイナル・タップ」、「スタンド・バイ・ミー」、「恋人たちの予感」、「プリンセス・ブライド」、「ミザリー」、「ア・フュー・グッドメン」など、数々の映画をヒットさせた。
俳優としては、映画「ブロードウェイと銃弾」、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」などに出演した。
英コメディグループ「モンティ・パイソン」のエリック・アイドルさんは15日、「ゆうべ1時間以上、話していた」ばかりだと「X」で明らかにし、「ストーンヘンジで撮影したことや、未来についてどう考えているかとか話してくれていた」と書いた。そのうえでアイドルさんは、ライナー監督が「本当に素敵な人」で「いつも一緒にいるのが楽しかった」としのび、「なんてひどいことだ」と繰り返した。
ライナー氏は、1960年代にキャリアをスタートし、1970年代にテレビの人気コメディドラマ「All in The Family」で若者ミートヘッド役を演じて有名になった。
1971年から1981年にかけて、俳優ペニー・マーシャル氏と結婚した後、映画「恋人たちの予感」の撮影で知り合ったミシェル・シンガー氏と1989年に再婚した。マーシャル氏と最初の夫の間の娘の養父となったほか、ミシェルさんとの間にジェイクさん、ニック容疑者、ロミーさんの息子2人と娘1人がいる。
ミシェル・ライナー氏は女優、写真家、プロデューサーで、写真エージェンシー兼制作会社「ライナー・ライト」の創設者だった。
ライナー監督は熱心な民主党支持者だった。カリフォルニア州のギャヴィン・ニューサム州知事(民主党)は声明で、「私たちが大好きな数々の名作を作った、心の大きい天才」だったとライナーさんをしのび、「彼の限りない共感力のおかげで、その物語は時を超えるものになった」、「その共感力は映画をはるかに超えていた。ロブは、子どもたちや公民権を情熱的に擁護していた」とした。そして、「ロブはその素晴らしい映画作品の数々のほか、人類に素晴らしい貢献をしたことで記憶される」とたたえた。
同様にロサンゼルスのキャレン・バス市長(同)は、ライナー監督の貢献は「アメリカの文化と社会に響き渡る。その創造的な仕事や、社会経済の正義のために闘う活動を通じて、無数の人の人生をより良いものにした」とたたえ、ライナー監督とミシェルさんが、乳幼児期の子どもの発達のほか、結婚の平等など、性的少数者の権利のために活動したことを振り返った。
トランプ氏の批判に反発相次ぐ
ライナー監督は他方、ドナルド・トランプ氏を声高に批判し続けていた。
こうした中、トランプ米大統領(共和党)は、ライナー夫妻の死を「とても悲しい」と投稿しつつ、ライナー監督を批判。「(ライナー氏の)巨大で、揺るぎなく、治療不能な『トランプ錯乱症候群』という病が、他人に怒りを引き起こしたために」死亡したと「報道されている」とも書いた。
「彼はドナルド・J・トランプ大統領にすさまじく執着していて、そのせいで周りがもう頭がおかしくなるほどだったと知られている」とも大統領は書いた(太字は原文ですべて大文字)。
トランプ大統領がどの報道を指しているのかは不明。捜査は殺人事件として扱われているものの、警察は動機についてコメントしていない。
トランプ氏とその支持者は、トランプ氏を批判する相手について「トランプ錯乱症候群」という表現を繰り返し使ってきた。
この投稿には与党・共和党の間からも批判が出た。かつてトランプ氏の盟友だったがこのところ批判に転じているマージョリー・テイラー・グリーン下院議員(ジョージア州)は、夫妻の死は「家族の悲劇であって、政治や政治敵とは関係ない」と批判。
「多くの家族が、薬物依存や精神的な問題を抱える家族と向き合っている。それはとてつもなく大変なことで、特にそれが殺人に至ってしまう場合、周りは共感をもって接するすべきだ」と議員は述べた。
トランプ氏の投稿は、ライナー夫妻の友人たちの怒りも買った。
夫妻の長年の友人で、かつてアーノルド・シュワルツェネッガー氏の妻としてカリフォルニア州知事夫人だったマリア・シュライヴァー氏は、ソーシャルメディア「X」で、トランプ氏の投稿を「人間性に欠ける」「おぞましいふるまい」だと厳しく非難した。
シュライヴァー氏はさらに、「ロブとミシェル・ライナーは献身的な親だった。子供全員を深く愛して、子供たちを大事にすることを決してあきらめなかった。一人一人全員について。このことを知って理解するのは、重要なことだ。今は良し悪しを決めつけたり、政治やうわさをする時ではない。今は思いやりと理解と愛情のための時です。もっとよい行動がとれない大統領がいるからといって、私たちがそうできないことにはならない」とも書いた。
数々の追悼の言葉
このほか、多くの人が監督夫妻をしのぶ追悼の言葉を寄せている。
映画「スタンド・バイ・ミー」と「ミザリー」の原作を提供した作家スティーヴン・キング氏は、夫妻の訃報に「愕然(がくぜん)として、悲しんでいる」と書いた。
「素晴らしい友人、政治的な仲間、そして素晴らしい映画監督(私の作品2本も含めて)。ロブ、安らかに眠ってください。あなたはいつも私のそばにいてくれた(You always stood by me)」と書いた。最後の「stood by me」は「スタンド・バイ・ミー」の過去形。
ライナー氏と同世代で、同じようにテレビ・コメディの人気俳優から映画監督へと進んだロン・ハワード監督は、「彼は最高級の映画監督となって、同僚を支え、常に献身的な市民だった。ロブがいなくなって、本当にいろいろな意味で寂しくなる。家族や親しい友人たちのことを、心から思っている」と書いた。
今年9月に公開された「スパイナル・タップ2」続編に出演した英歌手サー・エルトン・ジョンは、「ロブとミシェルの今日のニュースに言葉を失っている。彼らは私が出会った中で特に美しい人たちで、こんな目に遭うべきではなかった」としのんだ。
(英語記事 Rob Reiner's son Nick arrested for murder after director and wife found dead / What we know about Nick Reiner, son arrested in death of director Rob Reiner)
