「自分を治められない者は組織を治められない」
即位直後、太宗が家臣たちに語った言葉が印象的だ。「もし民衆の信頼を失うのであれば、それは股の肉を割いて自分で食うようなものだ。腹は満たされても、やがて出血で死ぬ」。この言葉に家臣の魏徴は、賢者・詹何の言葉を引いて応じた。「自分の身を完璧に治めている君主の下で、民衆が乱れているという例は聞いたことがない」。
リーダーが真っ先に向き合うべきは組織ではなく自分自身だという指摘だ。実際、太宗は即位一年目、飢饉で国民が離散する危機に直面しながらも贅沢を一切せず、民のための政治に専念した。3年後には大豊作となり、逃げ出した農民は誰一人残らず故郷に戻ってきたという。組織の崩壊はリーダーが部下からの信頼を失うことから始まる、という原則を体現した逸話である。
太宗の統治を特徴づけるのが、魏徴という「諫め役」の存在だ。太宗自身が魏徴について「お前が私に反論し、諫めたのは200回以上になるだろう」と語っている。本来なら不快なはずのこの関係を、太宗は次のように評した。「すべてにわたって私は納得したのであり、本当の忠臣でなければこれも叶わなかった」。
さらに太宗は、かつて自分を殺そうとした側の家臣であった魏徴を側近に据えた経緯についても触れ、「お前が兄とともに私を倒そうとした罪は重い。しかし後にお前を信頼するようになった」と振り返っている。敵だった人間の意見に耳を傾け、むしろそれを組織運営の核に据える発想は、現代の「多様な意見を歓迎する組織」の原型ともいえるだろう。
成功体験に縛られると国は滅ぶ
太宗が繰り返し警戒したのが「守成」、つまり成功したあとの体制維持の難しさだ。家臣の房玄齢が「国を興すのは大変な仕事だ」と語ったのに対し、魏徴は「新しい王が興るのは、悪しき支配者を倒せば民衆が付き従うから難しくない。しかし君主が驕れば民の不満は爆発し、国は再び乱れる」と返した。太宗はこの指摘を受け、平和を維持するほうがはるかに困難だと結論づけている。
事実、北方の異民族・突厥の滅亡を見た太宗は、「頡利も隋末の混乱時だから国を立ち上げられたのに、今なお驕り高ぶっている。必ず滅亡の道をたどるだろう」と分析した。この予見はビジネスにも直結する。市場を制した企業ほど、成功体験に縛られて変化を怠り、転落していく例は少なくない。
