政府が選んだ企業に資金が流れれば、その企業の投資と生産は増える。補助金を受けた産業は拡大する。その一方で、財源を負担する家計、政府に選ばれなかった企業、政策による物価上昇の影響を受ける人々の選択肢は狭くなるし、生活は苦しくなる。
GDPは経済活動の規模を示す一方、政府が選んだ活動へ資源を移した結果、家計や企業が諦めた別の選択までは映し出さない。経済規模の拡大だけでは、国家介入の妥当性を判断できないのである。
経世済民を掲げるのであれば、問うべきは経済の大きさだけではない。政府の関与によって、民がどれだけ自らの人生を自由に選べるようになったのかが問われねばならない。
国家が救うほど、市民は弱くなる
政府による支援は、目の前の困難を和らげる。その必要性は認めるべきである。同時に、支援が恒常化すれば、企業や市民の行動も変わる。
企業は消費者に選ばれることより、政府の戦略分野に選ばれることを重視する。新しい価値を生み出すことより、補助金の要件に合う計画をつくる。地域は住民の自発的な活動を育てることより、国の交付金を獲得する事業を考える。市民は自らの負担と給付の全体を考えるより、自分がどの支援の対象になるかを気にするようになる。政府が民を救う主体として前面に立つほど、企業、市民、地域は政府の判断に依存する。
筆者はすでに、高市内閣の積極財政が、市場の失敗を補う範囲を超えて企業の意思決定を代替し始めれば、企業の自立と市場の規律を弱めると論じた。また、社会保障や給付の拡大が市民の互恵や市民と社会をつなぐ中間組織を代替すると、「大きな政府と小さな市民社会」という組み合わせが定着することも指摘してきた。
経世済民という言葉は、この依存関係をさらに従属関係に発展させる危険性を孕む。国家が救う側、民が救われる側という関係が固定されるからである。
古典の経世済民をそのまま復活させてよいのか
高市内閣は「経世済民」という言葉を間違って使っているわけではない。昔の経世済民は、力を持つ為政者が国を治め、民を救うという考え方だったからである。
当時の「民」は、政治を選び、国家権力を統制する主権者ではない。統治され、保護される対象であった。したがって、強い国家が国民を導き、守るという高市内閣の姿勢は、昔ながらの経世済民そのものである。
だから問題なのである。現代の国民は、為政者に救われる臣民ではない。税を負担し、代表を選び、働き、事業を営み、家庭や地域を築き、国家のあり方を決める市民である。政府は市民より上位に立って民を救う存在ではなく、市民から権限を託され、限定された役割を果たす存在である。
現代の民主社会で経世済民を語るなら、「民を誰が救うのか」という古典の発想から、「市民が自ら生きられる条件を、政治がいかに整えるか」という発想へ読み替える必要がある。
この読み替えを欠いた経世済民は、国家主導型経済と家父長的政治を美しく言い換える標語になる。
