ひととき特集

2014年10月1日

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須田:実際には、地主の方のご家族やお知り合いなど、広範囲の方が試乗されましたから、ご婦人やお子さんもかなり乗っていたはずです。試乗はたいへんな盛況で、ホームに行列ができたこともあったほどです。

阿川:ところで、新幹線という名前なのですが、当時は「夢の超特急」とか「弾丸列車」などという言い方も聞きました。

須田:「夢の超特急」は、マスコミの方などが使われたものですね。国鉄(当時)自身では、1度も使っていません。私たちは現実に走らせるわけですから、夢では困る(笑)。また、「弾丸列車」というのは、昭和15年(1940)に議会で承認された「広軌幹線鉄道計画」の俗称です。これと間違えるといけないので、戦後の新幹線計画では、「弾丸列車」という言い方はしませんでした。

阿川:なるほど。すると始めから新幹線だったわけですか。

須田:新幹線建設は、在来線の東海道本線の複々線化として工事の認可を受けましたから、正式名称としては「東海道本線(新幹線)」でした。ただ、お客様向けにその呼称はふさわしくないということで、当時、国鉄の常務理事で営業関係を担当されていた遠藤鉄二さんという方が「東海道高速線」という名を考えられました。何年も経てば「新」ではなくなってしまうので、「新幹線」では具合が悪いだろうというわけです。

阿川:古くなったから「新幹線」の「新」をはずすというわけにもいきませんからね。

須田:それで、現場でも「高速線」になるものと考えて、東京駅などの案内表示では、一部で「東海道高速線」という表示を準備していました。ところが、役員会か何かで、「新幹線で行こう。ブランドネームと考えれば、古くなっても新幹線で良い」と決まり、同時に英語の名前も「New Tokaido-line」や何かではなく、「Shinkansen」と決まりました。これが開業の2~3カ月前で、現場では急いで表示などを「新幹線」に変えたという記憶があります。

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