2024年7月25日(木)

ひととき特集

2014年10月1日

中間車12両すべてグリーン車の「ひかり」

阿川:一ファンの立場から言いますと、食堂車も、新幹線に乗る楽しみの1つでした。

須田:本格的な食堂車が登場したのは、昭和50年(1975)3月の博多開業の時です。以前、国鉄の決まりでは、特別急行列車には食堂車を付けることになっていました。しかし、東京~新大阪間3時間10分ではゆっくりと食事をする時間もないだろうということで、軽食を提供するビュフェにしたわけです。ビュフェは、電車特急「こだま」で初めて取り入れたもので、その時はカウンターだけでした。新幹線の車両は在来線より50センチほど幅が広いので、カウンターとともに通路側に回転椅子の止まり木も設けました。

リニア・鉄道館に展示されている懐かしの100系168形式新幹線食堂車にて。ここで食事をすると幸せな気持ちになったと阿川さん(左)。
右・須田寬 (すだ ひろし) 1931年、京都府生まれ。京都大学法学部卒業。1954年、日本国有鉄道(国鉄)に入社。1987年、JR東海発足に伴って初代社長に就任。1995年6月に会長、2004年6月から相談役。
左・阿川尚之 (あがわ なおゆき) 1951年、東京都生まれ。米国ジョージタウン大学外交学部、同大学ロースクール卒業。ソニー、日米の法律事務所を経て、1999年から慶應義塾大学総合政策学部教授。

阿川:そうそう、ビュフェがありましたね。確か速度表示計がついていました。

須田:あの速度表示計は、当初たいへんな人気で、いつ最高速度を出すのかと大勢のお客様が見に来ていました。速度表示は、もともと修学旅行専用列車に付けていて、好評だったので新幹線にも取り入れたのです。

阿川:博多の開業で、本格的な食堂車にしたのはどういういきさつなのですか。

須田:東京~博多間は当時7時間でしたから、今度は食堂車が必要だと衆議1決で決まりました。しかし、食堂車を組み込むには、現に走っている列車の編成替えが必要です。そこで前年の秋頃から、徐々に編成替えを行い、新しい食堂車などを入れていったわけです。


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