「アメリカで広がったら日本にも来るだろう。日本の医療現場で対応できるのか」。
感染症法によれば、日本でエボラ出血熱患者を収容できる特定感染症指定医療機関・第一種感染症指定医療機関は、現在、全国で45施設92床。そのひとつに勤める医師は、エボラウイルスに対する不安をこう語る。このような指定を受けた専門の医療機関でも、エボラ出血熱のような、隔離措置を必要とする特殊な感染症の治療にあたった経験のある医療者は、ごくわずかなのだ。
もはやエボラ出血熱は
「対岸の火事」ではない
アメリカ・テキサス州の保健当局は10月12日、テキサス・ヘルス・プレスビテリアン病院の看護師が、エボラウイルス陽性の診断を受けたと発表した。この看護師は、9月30日にアメリカ初の輸入感染例として報告されたリベリア人男性患者のケアにあたっており、これがアメリカ国内において、エボラ出血熱に感染した初めての症例となる。
アメリカは8月より、航空会社や各国の空港検疫と協力し、出国および入国に関する水際対策を開始していた。しかし、エボラ出血熱は、潜伏期間が最長で21日と長く、「感染はしているが発症はしていない」という患者を検疫のスクリーニングで拾うことはできない。当初から、エボラがアメリカ国内に入ってくるのは「時間の問題」とも言われており、男性患者が厳しい検疫をすり抜けたことは驚くに足らなかった。
しかし、流行地のアフリカではなく、設備の上でも手順の上でも医療者の感染症防護対策が徹底されているアメリカにおいて、医療者への感染が起きてしまったことは重大な意味を持つ。
米疾病対策センター(CDC)は、今回の看護師の感染例を「ある時点でプロトコール(手順)違反があった」として例外的であることを強調し、「封じ込めは十分可能である」と自信を見せていた。しかし、現場の医療者たちから「CDCがガイドラインを出したからと言って、十分な対策が取られているわけではない」と当惑の声が高まる中、日本時間の14日未明、再度会見を行い、「感染は1例であってもあるべきではなかった。対策を再考すべき必要がある」とコメントを修正。「今後、特に医療者の中から別の感染者が出ても不思議ではない」と発言した。
アメリカではHIVエイズが一般化した1980年代以降、どの患者の血液にもウイルスや細菌が含まれているという前提に立って、医療者は必ず手袋とガウンを着用するという「普遍的予防策(ユニバーサル・プリコーション)」が提唱されてきた。アメリカの医療現場においては、採血や手術はもちろんのこと、簡単な診察や体位変換などにおいても手袋とガウンは欠かせない。その後、血液以外の体液に対しても注意を払い、特に感染経路が不明で感染力の高い病原体に接する場合には、マスク、ゴーグル、キャップ、フットカバーといった防護具で全身を覆う「標準的予防策(スタンダード・プリコーション)」が提唱されるようになった。一方、日本の医療現場では「手袋をしているとやりづらい」と、手袋なしで採血や注射をする医療者も多く、不慣れな研修医や看護師は、「うまくいかないなら手袋を脱いでやってみろ」と先輩医師に小突かれることもあるのが実情だ。
エボラ患者のケアも、もちろん、こうした「標準的予防策」のプロトコールにのっとって対応されていたはずである。着慣れない防護服の適切な着脱は、一般の人が思う以上に難しい。世界最高水準の感染症対策と医療設備を誇るアメリカにおいてすら、医療者が感染した。この国で防げなかったものを、他のどの国で防ぐことができるのか。