山師の手帳~“いちびり”が日本を救う~

2014年11月12日

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日中友好のキーマン・郭沫若

 歴史の変わり目には長期的なビジョンを持ったリーダーが必ず現れるが、日本人と中国人の違いをよく理解して、両国の共存共栄の道を支えたリーダーが郭であった。旧制六高、九州帝大医学部で学び、その後革命に身を投じ、中華人民共和国建国、日中友好のためにも努力した人である。

 元全日空社長の岡崎嘉平太(1897~1989)と周恩来(1898~1976)が日中国交正常化(1972)に貢献したことは有名であるが、郭の後押しがなければ、国交正常化はもとより、日中平和友好条約の締結(1978)は遅れていたかもしれない。

 郭が千葉県市川の須和田に居たことを知る日本人は少ない。戦前、市川にいる間は、重要人物として常に憲兵の監視下に置かれていたが、祖国が欧米に蹂躙されることを憂い、帰国を決意する時に、「さらば、須和田よ」なる五言絶句を残した文学者でもある。日本人妻との間の4人の子供を残しながらも、新生中華人民共和国の建国のためにうしろ髪を引かれる思いで、市川の須和田を後にしたのだ。

 郭は革命軍の思想的リーダーであったが、日中友好条約締結の裏舞台では日本の立場を理解して我が国に貢献してくれた恩人でもあった。現在の日中関係にこそ「共存共栄」を希求するリーダーが必要である。郭のようなリーダーが現代の中国にいれば「レアアース戦争」のような事件は起こらなかったのではなかろうか。

 郭沫若、周恩来、魯迅と多くの中国人が若き日に日本で学び、建国ののちに日中友好のために努力した歴史を忘れるべきではない。今回の出張ではレアアースの国際会議に参加し、楽山大仏を拝み、郭沫若の偉業に思いを馳せることが出来た。私もこれまで36年間に200回以上、中国を訪問しているが、今の日中関係の悪化を憂い日中友好の一助となるべく一層の努力をしたいと思っている。

  
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◆Wedge2014年11月号

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