学びなおしのリスク論

2014年11月27日

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漆原次郎 (うるしはら・じろう)

1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、科学技術関連の記事を寄稿。早稲田大学大学院科学技術ジャーナリスト養成プログラム修了。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。著書に『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』『日産驚異の会議』『宇宙飛行士になるには』など。

人は完全に合理的な意思決定をできるわけではない

 リスクの認知のしかたに偏りを生じさせるものを「バイアス」という。「バイアスには色々なものがあります」。

 バイアスを実感できる典型的な例として谷口氏が示すのが、ノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーが提唱した「フレーミング効果」だ。

 「600人を死に追いやると予期される感染症に対して、『もし採用すれば200人が助かる』という対策Aと、『採用すれば、600人が助かる確率は3分の1で、だれも助からない確率は3分の2である』という対策Bとを示されると、ほとんどの人がAを選択しようとします。一方、『採用しても、400人の人は死亡する』という対策Cと、『採用すれば、だれも死なない確率は3分の1であり、600人が死亡する確率は3分の2である』という対策Dを示されると、ほとんどの人が今度はDを選択しようとします。しかし、AもBも、CもDも、期待値はまったく同じなのです」

 人は、ポジティブな部分を強調した枠組み(フレーム)では確定的な事象を選択しようとし、ネガティブな部分を強調した枠組みでは確率的な事象を選択しようとする。これは、人は完全に合理的な意思決定をできるわけではないことを示している。

 他のバイアスの事例として、谷口氏は「正常化バイアス」も挙げる。地震が起きても「私だけは大丈夫だから逃げなくてもいい」という心理が働く。車を運転しているとき「私の運転は安全だから事故は起こさない」という心理が働く。本当は危険なのに、自分にとって都合の悪いことを無視したり、過小評価したりするのが、正常化バイアスだ。

 この正常化バイアスは、「認知的不協和理論」というもので説明できるという。「自分が認めたくない事実があると、自分のその事実に対する態度を変えてしまうというものです」。

土砂災害リスクへの意識を高めるアンケート

 人の心に様々なバイアスが生じる結果、実際のリスクと認知上のリスクとの差が起きる。と、ここで改めて谷口氏に尋ねた。実際のリスクと認知上のリスクに差があることは、良からぬことなのだろうか、と。

 「それはケースバイケースだと思います。交通事故より死亡リスクの低い地震を人びとが怖いと思えば対策は進みますよね。その意味で、認知のリスクが実際のリスクより高いことは悪いことではありません。逆に、自動車のようにリスクが高いのに、そのリスクの高さに人びとが気づいていないのは由々しきことです」

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