2024年7月22日(月)

炎上?感動?ネットで話題のニュース

2015年1月14日

 対するTwitterは、気になる相手がいれば一方的に「フォロー」するだけでその人の投稿を見ることができるし、投稿に返信することができる。現実世界では全く出会ったことのないような人とダイレクトにやりとりすることが可能になり、やり方次第では広いつながりを作ることもできる。しかしFacebookに比べると匿名性が高く、また、140文字という字数制限のなかでコミュニティのような親密性を作ることは難しいメディアとも言える。

 総務省の考える「電縁」は、「ネットを活用して形成される人や企業のコミュニティ」と定義されているが、上記のSNSがそうしたコミュニティを形成できるのかというと、どちらも怪しい。「電縁」をつくるための枠組みにはなり得るが、Facebookで面識のない人とつながっていくのは慣れていなければ難しいことだろうし、Twitterで親密性を持ったコミュニティを形成していくのもやはり困難だろう。

 また、Twitterのように親密性を築きにくいメディアでコミュニティをつくるためには、まずは相手の「文脈」や「背景」を理解する努力が必要であると考える。

炎上文化打開のカギを握る「文脈」の認知

 Facebookに投稿される内容が「結婚」や「出産」、「転勤」といった画一的なものが多いのは、「友達」にこれまでの自分の「背景」を知った人が多く、投稿するには自分のこれまでのキャラクターを崩さぬように、当たり障りのない、年賀状の挨拶のような投稿が求められていることに一因があると考える。受け手側も、相手のことを見知ったうえでコメントをすることになるため、根本から否定をすることも少ないだろう。

 Facebookに「いいね!」ボタンがあるのに「よくないね!」ボタンが存在しないのは、こうした人間関係への配慮があるからかもしれない。身近な利害関係者の前では大人しくしておきたいと思うのも自然なことではある。

 では直接面識のない人には、どうだろうか。先述したとおりTwitterは面識のない人とのつながりを作りやすいサービスではあるが、その人の背景や文脈を一切知らずに、140文字という制限のなかでコミュニケーションを取り、賛否を判断をすることになる。匿名性の高いTwitterだからこそ、自分のパーソナリティは隠しつつ、否定的な意見だけを相手の背景も知らずにぶつけることも可能だ。

 「顔の見えない相手なら否定的な表現をしても構わない」という思考が働いているから炎上も起きやすいのだろうが、それでは「電縁」と呼ばれる環境をつくることは難しいだろう。どれだけテクノロジーが発達しても、中の人間が変わらなければ変わらない。情報を発信する以上は誰でも理解しやすい投稿を心掛けるべきではあるが、一方で「文脈や背景を読む力」が受け手にも求められているのではないだろうか。

 「いいね!」という賛同や賞賛だけでコミュニティが成立することは決してないだろうが、「いいね!」の裏の「よくないね!」を粗探しして指摘しようとする今のインターネット社会では、「電縁」を構築することは当分は難しそうである。

  
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