未婚大国ニッポン~“絆”のゆくえ 「まだシングル、ずっとシングル」

2015年10月5日

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“分散型”の絆とは……

 

 確かに親子の愛情に、金銭は介在しないかもしれない。けれど、金銭以外のもの……たとえばエゴのようなものが存在するとしたら、それは金銭以上に重い“負荷”になるとは考えられる。そして、そうした“負荷”の爪痕に悩み続ける女性たちを私は数多く見てきてもいる。

画像:iStock

 なお、こんな発言をするからと言って、彼が特別に愛情なく育てられたというわけではまったくない。

 「親からは、世間並み以上の愛情を注いでもらったと思います。だけど、それ以上に自分には、あらゆることを客観視する習性があるんです」

 そのせいなのか、学生時代から同級生との距離の取り方に思い悩み続けてきた。

 「それで結局は、どんなときでも一人で過ごすことが多かったですね。自分から誰かを誘ったり、自分を強く押し付けたりもできないようになりました。その代り、誘われたらたいていは断りませんが……」

 彼にとって、あらゆる関係は、2つにしか分類できないという。

 自分と「自分以外のみんな」。

 友達の親しさに、“濃淡”や“違い”はなく、親友とか、友人とか、知人とかの境界や区別もない。

 

等価交換が絆のベース

 

 「全員が等間隔なんです……等価値であるといいますか。たとえば社会的な価値観が同じ人、エグい悩みを共有できる人、趣味嗜好が似てる人……それぞれとは、“共有できる部分”で繋がっていればいいですし、一人にそれ以上の関係を求めてはいけないと思うんです」

 彼は、そんな絆のあり方を「分散型」と表現した。

 分散型の絆では、すべての関係は“利害”で繋がっている。

 「利害……というより正確には、“等価交換”と言った方がより近いかもしれません。自分のニーズが100あるとしたら、そのニーズを一人の相手に求めるのは無理だと思うんです。多数の人と少しずつ共有することで、自分の受け取る合計が100になればいいと思う。一人の人に100%の“自分”を受け入れてもらおうとするのは、エゴでしかないですよ」

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