「亡くなった仲間も、時間とともに存在を忘れられていく。鳶という仕事も、実際に何をしているのか家族ですらよく知らないなんて寂しいじゃないですか。みんなに鳶の仕事を知らせたいと思って、ホームページを作って情報を発信し始めたんです」
それが『鳶』(洋泉社)という本の出版に結びついた。さらに、感覚だけでは現場で管理者と話ができないと、さまざまな資格を次々と取得。吊荷にワイヤーを掛ける「玉掛け」から「足場」「鉄骨」の、現場の3種の神器。さらに「1級とび技能士」「1級建築施工管理技士」「二級建築士」まで。酒もタバコもやらず、周囲からあいつは何をしてるんだとあきれられながら、仕事から帰るとただ勉強するだけの日々を送ったという。そして昨年、建築設計・とび工事一式を請け負う会社を興し代表になった。
「できて当たり前の現場だと、忙しい時に人を集めてもついていけずにやめてしまう人が多い。これまで自分がいい仕事をしたい一心で、ひとりで動いていい現場があれば呼んでもらってきたけど、次の世代を育てていかなければいけないんじゃないかと思ったわけです。いちばん若い子で19歳。社員8人の平均年齢は24歳です」
きつい鳶の現場で生きてきた身体は、40歳前でも相当にツケが回ってきている。腰痛は職業病、ヘルニアで足がしびれる日もあるという。約8キロの工具を巻き続けてきた腰は、ベルトの形状でアザになっている。
「50歳くらいまでは働けると思うけど、今のクオリティーとなると45歳くらいまでなのかなあ」
多湖がかかわった建物は、東京スカイツリーを始め、ザ・ペニンシュラ東京、虎ノ門ヒルズ、豊洲新市場……都内の有名スポットとして脚光を浴びている。多湖の話を聞いた帰り道、超高層ビルを見上げてみたら、天にそびえる巨大な華やかさの陰から、命がけの現場で働く人々の姿がシルエットとなって浮かび上がってくるように感じられた。
(写真:赤城耕一)
たご ひろあき/1976年、大阪府生まれ。高校時代に見た建築現場がきっかけとなって鳶の世界へ入る。高層建築を専門とする「鉄骨鳶」として東京スカイツリーなど数々の建築現場にかかわってきた。95年から、仕事の傍らウェブサイト等で鳶の仕事の実態を発信し続けている。
多湖弘明ホームページ『鳶(とび)』:http://tobisyoku.net
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