海軍大学校で秋山教官が担当した四期甲種学生はきびしい試験で選抜された大尉7名です。それなりの経験をつんで、生意気ざかり。それぞれ一家言もっていました。
——名参謀と評判の秋山大佐だが、どれほどの講義をするのか。
いささかいじわるな気分で教室へやってきます。起立、敬礼、着席がおわると、秋山教官は説きはじめました。
「ヨハネ福音書の冒頭に曰く。はじめに言葉ありき。諸君は戦略を論じたいのだろう。だが、術語が定まっていなくて議論できるか。実戦で命令が誤解されたらどうする。術語こそ基本の基本である」
秋山教官は自ら編んだ小冊子『兵語界説』を生徒に配りました。
その冒頭に用語を制定する四つの基準が示されていた。
一、現時慣用せる兵語は存用する。
一、二字の熟語として記憶識別に便ならしめる。
一、発音同一なる用語はすべて異音に改める。
一、欧語一つにして訳語二なるものは、その一つを捨てる。
ここで、平成の企業参謀に考えていただきたい。
日本では企業ごとに独特の用語をつくる。タテ社会です。
欧米では業界ごとに用語が定まっている。ヨコ社会です。
日本の企業ごとのTQC(Total Quality Contorol)は断然すぐれている。だが、世界基準とはなりえなかった。
ヨーロッパではじまったISOにしてやられました。
日本でも業界ごとに、たとえば会計規定を統一する要はないか。
海軍基本戦術
基本戦術の本論に入って、秋山教官はまず戦闘力をとりあげました。
「各自、戦闘力を定義してみよ。異論あるものは遠慮なく駁論せよ」
たちまち、7人のサムライたちの侃々諤々がはじまった。
秋山教官はにやにや笑いながら聞いている。
議論が堂々巡りになると、白墨をもって黒板に向かう。
ぴんと跳ね上がる独特の字体で書き上げた。