世界でここでしか作れない生地
踏切をわたって行くと紀三井寺の石段
和歌山の紀三井寺は、西国三十三所第二番札所で231段の石段と、早咲きの桜の名所として知られている。
寺の楼門まで続く距離にして100メートルほどの短い参道には、昔ながらの大衆食堂や喫茶店、店先で和歌山名産のみかんや金柑をざるに山盛りにしている土産屋が並んでいる。近くを通る紀勢本線の踏切あたりから参道を仰いで眺めると、山沿いに建つ朱色の紀三井寺の新仏殿と石段の景色が、さらにレトロでキッチュな観光地の雰囲気を高めてくれる。
参道には土地柄、柑橘系の果物を並べた店が多い
カネキチ工業は、そんな懐しい昭和な観光地の薫りがぷんぷんする紀三井寺の参道からほんの目と鼻の先にある。いやはやこちらも本当に失礼ながら、昔ながらの昭和な町工場である。
しかし、ループウィラーのスウェットシャツの柔らかな着心地の生地を作っているのは、この小さな町工場にある吊り編み機なのだ。
「もともとこのへんにはメリヤス工場が100社ぐらいあって、うちの前の道路なんかメリヤス通りって呼ばれていたんだよ。最近はスウェットシャツなんて洒落た言い方をするけど、若い人は知らないだろうなぁ、昔はメリヤスのことを莫大小って書いたんだ」
そう話すのは専務の岡谷(おかや)義之さん。大正9年(1920)の創業から、高度経済成長の好景気やオイルショックがあった昭和30~40年代、バブルの崩壊や海外からの安価な輸入品が市場を席巻した平成初期……。和歌山のニット産業の隆盛と衰退を乗り越えてきたカネキチ工業は、同業者がどんどん倒産していったなか、工場を建て替えて外見を立派にするくらいならば、ここにあるだけの吊り編み機の維持と整備、職人の育成にお金をかけたい。その方針でずっとやってきているのだ。
社員の皆さん全員集合。左から5人目が社長の南方陽さん、左端が岡谷さん親子、義之さんと義正さん