2024年11月22日(金)

ヒットメーカーの舞台裏

2010年3月2日

 麦汁に炭酸ガスを加えた初期の試作品は、思わず「吐き出したくなるほど」の味だったという。調合技術者の苦闘が続く一方、梶原は「フリー」のプロモーション準備も着々と進めた。打ち出したキーワードは「社会貢献」。飲酒運転撲滅への一助にしたい─酒類メーカーからはなかなか出ない発想であり、中途入社の若手ならではのフレーズだった。

 「社会貢献」を打ち出した新製品に対する社内のムードは日を追って高まり、味や風味づくりには他の商品開発陣も加わった。「氷結」ブランドの缶チューハイの香味調合技術者や、ソフトドリンクのグループ会社キリンビバレッジの開発担当者だ。それぞれがノウハウを持ち寄り、風味を引き出したり、逆にネガティブな味を打ち消したりして活躍した。

 着手からほぼ1年を経た08年夏に社内で正式に商品化が承認された。アルコールゼロといっても本当に運転には影響しないのか? 開発チームは念には念を入れた。警察庁の研究所の実験方法を参考に、運転シミュレーターを借り入れて、「フリー」を飲んだあとも問題ないことを確認したのだ。

 不思議なもので試飲すると、酔わないのにあたかもビールを飲んだ時のようなリラックス感が確かにある。開発チームもここが気掛かりだったのだという。それだけ、味も風味もビールに近い仕上がりということか。

アルコールではなく
一体感を醸成させたい

 「すごくいい味になった」という梶原だが、発売日が近づくに連れ、悩んでいた。社会貢献の切り口で広告展開などを行う一方、発売当日にもうひとつインパクトのあるイベントを打ち出したいと考えていたのだ。上司からは「何かないのか梶原!」とも迫られていた。

 思い浮かんだのが、企画初期の段階でメンバーの1人が出した「高速道路のパーキングエリアでアピールしたい」というアイデアだった。実際、発売当日は東京湾の「海ほたる」で元F1ドライバーの中嶋悟氏や松沢幸一社長も出席し、飲酒運転防止を訴えながら「フリー」を配布した。

 同社の非アルコール飲料では、異例の大型プロモーションとなり、営業部門もビールを卸していない「新たな飲食店の開拓につながる」と張り切った。こうしたチームの垣根を越えた「一体感の醸成」は、梶原が終始一貫して留意した点だった。それは入社後、最初に手掛けたカクテル飲料が「苦い味」に終わったことによる。

 実はこの商品は、発売からほぼ1年で生産中止に追い込まれた。梶原は「今でもいい商品だと思っている」と強気だ。だが、「新しい市場に参入するという意気込みが足りず、全社的な“巻き込み”ができなかった」と反省する。その悔しい想いを全身で「フリー」の開発にぶつけた。転んでもただでは起きないしっかり者がリベンジを果たした。(敬称略)


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