2024年7月22日(月)

オトナの教養 週末の一冊

2016年11月28日

 本書は、がんの起源にさかのぼり、がんという病気の姿が歴史をとおしてどのように変化してきたかを描き出すことによって、彼女の質問に答えようとする一つの試みです。私は本書を「がんの伝記」と呼びました。というのも、ここに描かれているのは、一つの疾患の経時的な肖像画だからです。>

 すでにわかっているように、がんは単一の疾患ではなく、疾患群である。細胞の病的な増殖という共通の生物学的特徴があるものの、すべての患者のすべてのがんは異なる顔を持っている。したがって、「病の皇帝」の肖像画も複雑に千変万化し、容易にはとらえがたい。

 結局のところ、「病の皇帝」の物語は、「人間の病のなかでもっとも『残忍で狡猾な敵』を相手に闘った創意と粘り強さと不屈の精神の物語」であり、「ほんの30年前には、数年で『克服できる』と自信たっぷりに予想されていた病気に対する、傲慢と尊大と家父長主義、そして、誤解と誤った希望と誇大な宣伝の物語」となった。

「小児がん患者」から「がんを乗り越えた患者」へ

 「病の皇帝」の伝記には、すでに言い古され、聞き飽きたような逸話がごまんとある。ややもすれば、教科書のような記述になりがちだが、本書は、アメリカンドリームを地で行くような二人の人物を物語の主役にすえたことで精彩を放っている。

 「四〇〇〇年にわたってがんに挑みつづけた、何世代にもわたる男女の根性と、想像力と、創意と、楽観主義を代表」する人物であり、「どちらも理想家で、どちらも戦後アメリカの科学技術ブームの影響を強く受け、どちらも国家規模の『がん戦争』を開始するための必死の努力の渦中にあった人物」である。

 ひとりは、「近代化学療法の父」、シドニー・ファーバー。抗がん作用をもつ葉酸類似体を発見したことをきっかけに、がんの普遍的な治療法を夢見た。数十年におよぶファーバーの旅の同行者となったのが、もうひとりの人物、メアリ・ラスカー。伝説的な起業家かつマンハッタン社交界の名士で、広告宣伝とロビー活動によって資金を集め、がん研究を助ける「フェアリー・ゴッドマザー」として国を説得した。

 二人のキャンペーンのなかで、小児がん患者の「マスコット」になったのが、「ジミー」として知られるエイナル・グスタフソンという野球好きの少年だった。

 ボストンの小児病院の「ジミー」の病室に、ブレーブスの野球選手たちがTシャツやサインボールや野球帽を手に突然やってくる。その様子をラジオが放送した。選手が「ぼくを野球に連れてって」を歌い始めると、「ジミー」の調子っぱずれだけれど熱のこもった声があとに続いた。多くが目を潤ませ、ジミー基金に資金が流れ込んだ。

 こうしてできたファーバーの病院に、約50年後、すでに世を去って久しいと考えられていた「ジミー」が帰ってくるシーンには、救われる思いがした。


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