2024年7月20日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2016年11月28日

 3人の子を持つトラック運転手になっていたエイナル・グスタフソンは、ジミーの正体と、生存の事実を隠してきた。知っていたのはファーバーだけで、1973年にファーバー自身が亡くなるまで、毎年彼からのクリスマスカードが届いたという。

 <ジミーは知らず知らずのうちに小児がん患者のイコン的存在に選ばれたが、六三歳のエイナル・グスタフソンは、がんを乗り越えた患者のイコン的存在として戻ってきた。>

「何一つ、無駄な努力はなかった」

 本書では、「病の皇帝」の物語に平行して、著者自身が治療にあたる患者たちの肖像が語られる。下巻、「ジミー」の生存がわかる章では、「カーラ」をはじめとする患者たちに明るい兆しが見え始める。と同時に、「病の皇帝」との闘いにも変化の兆しが現れる。

 <一つ一つの前進が合わさって、ときに大きな変化が生まれることがある。二〇〇五年、科学雑誌のなかをどっと流れはじめた数々の論文の雪崩が合流して、一つの驚くほど一貫性のあるメッセージが形づくられた――アメリカのがんの地形が、わずかではあるが根本的に変化したのだ。ほぼすべての主要ながん――肺がん、乳がん、大腸がん、前立腺がん――の死亡率が一五年連続で減少していた。>

 この章のタイトルどおり、「何一つ、無駄な努力はなかった」ことを、読者は未来への希望とともに知る。

 分子生物学の進歩によって「病の皇帝」の実像が見え始めてからは、患者、研究者、製薬企業、患者団体の思惑が入り乱れ、まさに物語のクライマックスを迎える。

 新しく登場した分子標的療法、臨床試験や評価の難しさ、基礎研究と臨床応用との隔たり、一刻も待てない患者たち・・・・・・。

 乳がんに対するハーセプチンと慢性骨髄性白血病に対するグリベックという代表的な分子標的薬が、実は、開発初期には製薬会社が乗り気ではなかった、という事実は、「がんとの闘い」が一筋縄ではいかないことを改めて読者に突きつける。

 粘り強く、けしてあきらめず、「偏執的ともいえる信念」をもって薬剤を世に出そうと努力するわずかな研究者たちのおかげで、私たちはいくつかの優れた治療法を手に入れることができたのだ。

 とはいえ、「分子標的療法ですら、いたちごっこなのだ」と、著者は語る。「医者ががんのアキレス腱に向かって次から次へと別の矢をはなっても、がんはすぐに足を取り替え、弱点を変えていく」。

 「世界は足の下で猛スピードで動いているのだから、同じ場所に留まるためには走りつづけなければならない」と、『鏡の国のアリス』(ルイス・キャロル)の赤の女王が言ったように、この闘いは終わらない。人類の創意を試し続ける、未完の物語なのである。
 

  
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