原題は、「全ての病の皇帝 がんの伝記」である。「がん」という手ごわい病を人類が4000年の歴史の中でどうとらえ、どのように向き合い、闘い、敗れ、ときに打ち負かしてきたかを、現役の医師が物語る。
私自身、がん患者さんたちの終末期医療を取材した『緩和医療の現場から がんとともに生きる』(1997年、日本実業出版社)を世に出したことがある。20年近く前のことだが、当時は、患者も家族も医療者も、「病の皇帝」の前になすすべもなく、ひれ伏すばかりだった。
「がん」と診断されれば、すなわち「死」を宣告されたと同じであり、「がんとともに生きる」という概念は、目新しいものだった。
それが今や、いくつかの種類のがんは治るようになった。働きながらがん治療に通う患者さんも少なくない。この20年間で、がんと人類の立ち位置は明らかに変わってきた。
では、ここにいたるまで、そしてこの先には、どんな関係が待っているのか。ピュリッツァー賞受賞作が文庫上下巻になったのを機に、手にとってみた。
複雑に千変万化してきた「病の皇帝」の肖像画
著者は1970年、インド・ニューデリー生まれ。スタンフォード大、オックスフォード大で学び、ハーバード・メディカル・スクールを卒業している。血液のがんを専門とする医師で、現在コロンビア大学メディカル・センター准教授。本書がデビュー作である。
著者がこの「大がかりなプロジェクト」に漕ぎ出したのは、ボストンのダナ・ファーバーがん研究所とマサチューセッツ総合病院でがん医療(腫瘍内科学)の専門研修を始めたときだった。
上巻の巻末にある著者インタビューで、「本書は、ボストンで受け持ったある患者からの質問に対する、とても長い回答です」と話している。
<治療の真っ最中のある時点で、彼女は私にこう言ったのです。「このまま治療を続けるつもりだけれど、わたしが闘っている相手の正体を知らなければならない」。