2022年9月26日(月)

安保激変

2016年12月26日

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小谷哲男 (こたに・てつお)

明海大学外国語学部教授

日本国際問題研究所主任研究員を兼任。専門は日本の外交・安全保障、日米同盟、インド太平洋の国際関係。主な共著に『アジアの国際関係―移行期の地域秩序』(春風社)など。
 

 この演説の傍聴席には、硫黄島での戦いに従事したスノーデン元米海兵隊中将と、栗林忠道大将・硫黄島守備隊司令官の孫である新藤義孝国会議員がいた。安倍首相は、日米合同の慰霊祭にしばしば参加し、日米の和解の努力を行ってきたスノーデン元中将に感謝の意を表した。

「悲劇の象徴」、ヒロシマ、
「屈辱の象徴」、パールハーバー

 16年5月には、オバマ大統領が伊勢志摩で開かれた主要7カ国(G7)首脳会議に出席の後に被爆地・広島を訪問した。広島平和記念資料館を視察したオバマ大統領は、原爆死没者慰霊碑で献花した後の演説で「核なき世界」の実現に向けた決意を改めて示した。

 その際、オバマ大統領は、一人の被爆者と歴史的な抱擁をした。自らも被爆者である森重昭氏は、原爆で亡くなったアメリカ兵捕虜がいることを調査し、核廃絶に取り組んできた。オバマ大統領と森氏の抱擁は、もう一つの日米の和解を物語っていた。この抱擁は多くの被爆者とその家族に安らぎを与えたに違いない。

 米国大統領の広島訪問は、政治的に難しい決断だった。米国では、原爆投下は戦争の早期終結に不可欠だったという考えが依然根強く、大統領による広島訪問、ましてや原爆投下への謝罪は、退役軍人や遺族から大きな反発を招きかねない。

 だが、安倍首相が米議会で謝罪する必要がなかったように、オバマ大統領が広島で謝罪する必要はなかった。犠牲者に哀悼を捧げるとともに、核廃絶への思いを強調するだけで、また1つ日米の和解を具現できたのだ。

 オバマ大統領の広島訪問後、安倍首相の真珠湾訪問の可能性が取りざたされるようになった。だが、「ヒロシマ」と「パールハーバー」はその響きが持つ意味が異なる。「ヒロシマ」が悲劇の象徴だとすれば、「パールハーバー」は屈辱の象徴だからだ。

 41年12月7日午前7時55分、日本海軍の連合艦隊機動部隊が真珠湾を強襲し、2時間で戦艦を含む12隻の艦船が沈没または座礁し、164機の軍用機が破壊され、民間人49名を含む約2400名が犠牲となった。

 米国では、宣戦布告なき攻撃を受けたこの日は、「汚辱の日」と呼ばれ、「リメンバー・パールハーバー」の言葉とともに、第二次世界大戦の忌々しい記憶として語り継がれている。パールハーバーは、米国が日本を降伏に追い込むことを決意した場所なのだ。

 一方、日本では、米国によって自存自衛のための戦争に追い込まれたという見方が根強い。ルーズベルト大統領は真珠湾攻撃を知っていたにもかかわらず、戦争を忌諱する国民世論を参戦支持に誘導するため、わざと攻撃させたという陰謀論も一部には信じられている。あくまで軍事施設を攻撃した真珠湾攻撃と、都市を標的とし、多くの民間人の犠牲者を出した原爆投下を一緒にするべきでないという考えもある。

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