「最近、小学校などで授業に集中できなかったり、緊張感を持続できなかったりする子どもが増えていると言われます。これは幼児期の教育が大きく影響しているのではないかと考えています」(天野園長)
目の前の材料を彫刻刀で削り取っていく感覚。これを違った側面から捉えるならば、「集中してやらなければ自分の身に傷がつく」ということをリアルに感じるということでもある。この感覚は、テレビゲームなどでは育たないだろう。ゲームに集中できたとしても、体で感じる緊張感はこの刃物を使った活動には及ばない。この緊張感の中で子どもたちは課題をクリアしていくのである。
5歳の子どもが彫刻刀を使うことに抵抗を感じる方もいらっしゃるかもしれないが、しっかりと道具を手入れし、ゴムという比較的扱いやすい素材を使って、教師が適切な指導をするならば決して危険なことではない。もちろん、指を切る確率がゼロではないが、この時期にこそ「集中力」や「緊張感を持続できる力」を育てなくてはならないという信念のもと、風の谷幼稚園では「ゴム版画」のカリキュラムを取り入れているのである。
子どもにゴミは作らせない
続いては、「ポシェットづくり」について紹介しよう。この活動も幼稚園3年間の中で育んできた力の集大成的な意味合いを持つ。子どもたちは幼稚園で飼われている羊の毛を使ってポシェットを編んでいくわけだが、これにも多くの教育意図が含まれている。
まず、子どもたちは年中児クラスの1年間、幼稚園で飼っている羊(名前は「キンちゃん」)の世話をする。食事の面倒をみたり、キンちゃんをつれて近所に散歩に出かけたりする。もちろん、キンちゃんは子どもたちの人気者だ。
そして、年長児クラスになった5月には、プロを招いて羊の「毛刈り」を眼前で見学する。毛で「もこもこ」だったキンちゃんがスリムになっていく様子に、子どもたちは驚いたり、喜んだりとさまざまな反応を示す。
この後、子どもたちは刈った毛を洗って、干して、そして丸めて「フエルトボール」を作って遊ぶ。さらに1月に入ると、自分たちで毛を染色して糸を紡ぎ、織機を使ってポシェットを編む。つまり、子どもたちは原材料がさまざまな最終成果物に姿を変えるまでの過程を、現実に体験しているのである。
ものが豊かになった現代、大人ですら、自分たちの使っているものが「何でできているのか」「どのような工程でつくれられているのか」「どれほどの人が関わっているのか」ということに思いを馳せられる人は少ないかもしれない。しかし、風の谷の子どもたちは、好奇心旺盛な幼児期に、体験を通じてこのような「つながり」を意識できる感性、さらには「つながり」を大切にできる価値観のベースを育んでいるのである。
そして、ポシェットづくりのもう1つの大切な教育目標は「失敗を恐れず、やり直しがきくと思える子ども」を育てることだ。密着レポート第7回で、子どもが「うまくいかなかった」と感じているときに、大人が子どもに対して、可愛さのあまり安易な慰めをしてしまうと、子どもの成長意欲や目標達成意欲がそがれる可能性があることを紹介した。そして、「どこがダメだったのか? どうすればうまくいくのか?」を自分で考えさせて、再挑戦をさせ続けることで、「失敗を恐れない心」や「問題は必ず解決できると思える心」が育っていくことを述べた。まさにポシェットづくりは、年長児の最終学期であるこの時期に格好の教材となる。