北朝鮮側の担当者は「あなたが追加で行った提案通りだ。ジンミがバスに乗り、乗客もいる」と説明した。「バスを待っている人々や、バスに乗って仕事に出る一般市民を撮影したい」という監督の希望に対する、北朝鮮なりの対応だったのだろう。撮影チームは、現場監督の合図に従って動き出す「乗客」やジンミ親子の姿をカメラに収めていった。
監督は、最初の数日で「現実には迫れない。権力が現実を隠蔽している」ことを実感した。そして、「権力が抹殺しようとしている現実は何だろう」と考え、撮影を巡る状況を撮るしかないという結論にいたった。要するに「メーキング・ビデオ」を通して北朝鮮の体制の本質を浮かび上がらせようというのだ。
「被写体よりスローガンを」
問題は、どうやって検閲をかいくぐって映像を持ち出すかだ。
北朝鮮の検閲は、事前に考えていた以上に厳しかった。北朝鮮側がすべてをお膳立てしているのに、ホテルに戻ると撮影した映像を厳しくチェックされ、北朝鮮の担当者が不都合だと考えた映像はすべて削除するよう命じられた。
「メーキング・ビデオ」制作を決意したチームは結局、ホテルに戻る車の中で映像をコピーしておくことにした。さらに、北朝鮮側に見せるフィルムからは危なそうな場面をあらかじめ削除しておいた。ほぼ半分を削除することになったが、それでも北朝鮮の担当者はさらに削除を命じてきたという。撮影チームは、なぜその映像が必要なのかを一生懸命に説明したが、北朝鮮側は聞く耳を持たなかった。
背景に政治スローガンが写っている時には、まずスローガンにピントを合わせてから手前の被写体を撮影しろ、と言われたそうだ。まさに、映像イコール政治宣伝という北朝鮮の考え方を示す指示だ。監督は「彼らと異なる視点と思われるものは、すべて排除された」と話す。
北朝鮮の検閲をかいくぐることに成功した結果が、撮影前に細かな指示を出し、満足いくまで撮り直しを命じる「ドキュメンタリー」制作現場のリアルな姿をとらえた本作品である。