映画や音楽といった芸術は、北朝鮮では娯楽ではない。社会主義国では珍しくないことだが、思想宣伝の重要なツールである。独裁政党である朝鮮労働党の中でも芸術などを管轄する宣伝扇動部は、党内で一、二を争う最重要部署だ。そんな北朝鮮が世界にアピールした「すばらしい日常」の裏側を暴き、各国で高く評価されたドキュメンタリー映画『太陽の下で―真実の北朝鮮―』の日本での公開が始まった。
冷戦下のソ連で生まれ育ったヴィタリー・マンスキー監督(53)が制作した。ソ連の構成国だったウクライナに生まれたマンスキー監督は、親族の多くがスターリン体制の中で苦労を強いられた。それだけに「北朝鮮の人々を他人とは思えない」と話す。
当初の撮影目的は「北朝鮮の体制が使うスローガンや手法、言語を解き明かす」ことだった。北朝鮮との事前の合意に反することなく、「強烈な悪意に満ちた独裁体制の犠牲者」である北朝鮮の人々の姿を描き出すことを狙っていた。撮影にあたっては、何を、どこで、どうやって撮るか、すべて北朝鮮側が決めるという条件が付けられていたという。
主人公は、ジンミという名の8歳の少女。事前に5人の少女を面接する機会を与えられ、父がジャーナリストで、母は食品コンビナートで働いているというジンミを選んだ。ところが、2014年2月に撮影を始めてみると、父親の職業は紡績工場の技師に、母親は乳製品の工場勤務になっていた。親子3人の家は平壌都心の高級マンション。家具は新品だが、棚の中身は空っぽだった。
「権力が抹殺しようとしている現実」を撮る
撮影チームが初日に驚いたのは、北朝鮮側の作ったシナリオだった。ジンミが登校するために家を出るシーンの次は、学校での日常に飛んでいた。どうにかして一般市民の表情や町中の風景を撮りたいと考えた監督は、通学風景を入れたいと主張した。結局、バスで通学する風景を撮影することになったのだが、それは誰もいない通りの一角に「乗客」を乗せた真新しいバスが到着し、両親に連れられてきたジンミが乗り込むというシーンだった。