2016年10月末、茨城県常陸那珂港の倉庫。20人余りの農家が見守る中、重さ1トンのフレコンバッグをフォークリフトが次々とコンテナに積み込んでいく。「国内初」(関係者)というアメリカ向け業務用米(中食・外食などの業務向けのコメ)の輸出が始まった瞬間だった。
「なぜアメリカからコメを買うばかりなのか。反対に日本のコメを売りたい。輸出するならアメリカという考えがずっとあった」
感慨深げに作業を見守っていた農家の一人、染野実さん(56)の言葉には力がこもる。
アメリカとのコメ貿易というと、高関税を維持するために輸入しなければならないMA(ミニマムアクセス)米などでアメリカからの流入一辺倒。日本からの輸出というと、少量を富裕層向けのスーパーに販売というのがほとんどで、15年の輸出量7640トンのうち、アメリカ向けは322トンのみ。
そんな中、茨城県内の8軒の農家は16年産のコメ60トンをロサンゼルスを中心としたカリフォルニアのレストラン向けに輸出。17年産は計360トンの輸出目標を立てており、計画通りにいけば、アメリカ向けの輸出量全体が一気に倍増ということになる。
にわかには信じがたい話だが、農家からコメを買い取るロサンゼルスの輸入販売会社田牧ファームズ代表の田牧一郎さんはこう断言する。
「アメリカにおいしいコメのマーケットはまだまだある。茨城のコメをしっかり売り切っていく」
その自信の裏付けとなっているのが、日本食ブームの盛り上がりと、国産米とカリフォルニア産コシヒカリの価格差がほとんどなくなってきたこと。
この10年ほど、カリフォルニアでは10年に3回ほどのペースで干ばつが発生。大量に水を使うコシヒカリの生産は敬遠され、より栽培の簡単な中粒種にシフトするようになった。
農家の減少を受け、スーパーなどの店頭小売価格でキロ当たり400~500円に値上がりしている。国産米をアメリカに輸出した場合の価格は450~500円程度で、価格差はほとんどない。
「カリフォルニア産短粒米は日本に比べて粒が小さい、香りが薄いなど、どうしても劣る点がある。日本からそれなりの価格のコメが安定的に出れば売れる」(田牧さん)
ただし、国内で米価が上昇に転じ、飼料用米といった補助金の手厚いコメの作付けが推奨される中、当初思い描いたほどの輸出量は確保できていない。農家の手取りは1俵(60キロ)当たり7000~7500円となる見込みで、「あまりもうかるわけではない」(染野さん) というのが正直なところ。
昨年の茨城県産コシヒカリの農家の手取り額が1俵当たり1万2000円程度だったことを考えると、かなり厳しい価格だ。ではなぜあえて経営的に厳しい輸出を選ぶのか。
「国内消費が減っており、コメが余ると生産者米価は下がる。国内で余ってしまうコメは世界に輸出していく。将来の米価を考えれば、今はもうけが少なくとも、最終的に我々の利益は上がるだろう」
農家の石島和美さん(60)の答えは明快だ。
利益確保のため、品種は反収(たんしゅう)(1反約10アール当たりの収穫量)が9俵以下のコシヒカリより多い10俵で、倒れにくく育てやすい「ゆめひたち」を選んだ。今後、さらなるコスト減のために、収量の多い品種の選定、苗を田んぼに移植する通常の田植えを行わず種を直接まく直播栽培による省力化などを進める。
また、商社を介さず田牧ファームズに売り、現地の卸売会社Maruhanaを経て、ロサンゼルスのレストランに販売と、流通経路をシンプルにし、流通コストの削減も実現した。
「輸出メンバーの間で、生産コストを削減していくという共通認識を持って、この価格でも生産性の取れる農家になっていくことが大事」(石島さん)と末端の販売価格から生産費を逆算する経営に、挑戦しようとしている。