2024年5月1日(水)

中島厚志が読み解く「激動の経済」

2010年5月17日

 ひとつには、累積債務国の場合、返済が困難になった債務は外貨建ての対外債務だったということがある。すなわち、ブラジル等では、外貨繰りがつかなくなって海外投資家への外貨での債務返済ができなくなったことが財政破綻の引き金となった。ところが、ギリシャの公的債務は基本的には自国通貨のユーロ建てなので、ユーロが強力な国際通貨であるために外貨繰りに窮する形での財政破綻は考えにくい

 しかも、債務返済の困難さもさることながら、毎年の財政収支が著しく不均衡なことがギリシャの最大の問題なのだ。言い換えれば、債務カットはギリシャの財政再建にプラスではあるが、一番のポイントはどのように毎年の歳出を抑制し、歳入を増やすかにあるということになる。

 むしろ、ギリシャがその公的債務をカットすれば、損を蒙った投資家は以後何年もギリシャ国債を警戒して買わなくなってしまう。そうなれば、ギリシャは、債務の元利払い負担こそ軽減されるものの、以後財政赤字のファイナンスができにくくなってしまう。これでは、財政再建への道のりが容易になるとは限らない。

 さらに、債務カットの難しさはギリシャがユーロ圏に属していることにある。ギリシャが債務カットすれば、ギリシャ国債を買い支えているECBの資産が毀損される。これだけでもユーロ通貨の番人たるECBには大問題だが、そうなってもギリシャ国債を買い続ける立場にあるのがさらなる難題だ。すなわち、ギリシャを含めたユーロ圏の金融政策はECBが行っているので、ギリシャ国債の価値がいくら毀損されようとも、ECBとしてはギリシャ国債を色々な金融政策の手段から外すわけにはいかないのだ。

ギリシャの自助努力がユーロの帰趨を握る

 難題がいくつも考えられることから、常識的にはギリシャの債務カットはないと見るべきだろう。もちろん、ギリシャの資金繰り危機が続いて「欧州金融安定化メカニズム」などのEU資金が大量にギリシャにつぎ込まれた場合、ギリシャの公的債務はさらに膨らんでしまうため、債務カットが絶対にないとは言い切れない。

 ところが、ギリシャの債務カットが実現するとき、EUやユーロは最大の危機を迎えている可能性がある。なぜならば、ギリシャが債務カットをせざるを得ない時にはEU各国とECBの徹底した金融支援が不可欠だが、その資金の一部も返済猶予ないしは免除となって毀損すると見られるからだ。そうなれば、EU各国としても、もはや追加的な金融支援には慎重になるしかない。

 しかも、ギリシャが債務カットに及ぶときには、ギリシャと似たような財政赤字問題を抱える南欧諸国等他のユーロ圏加盟国も債務カットに及ぶ可能性もあろう。ドミノ的な現象が起きれば、収拾がつかなくなる可能性も否定できず、もはやECBもユーロの安定を保てなくなろう。

 ギリシャの財政赤字問題は現在進行形であり、事態を注視するしかない。しかし、事態の進展次第では対応ができなくなり、ユーロ圏やEU全体のあり方まで揺るがす大変な事態となる懸念もある。EU各国は、万が一にも巨額な金融支援実施やギリシャの債務カットなどに至らないために、強力な支援体制を敷くだろう。だが、最終的にユーロやEUの帰趨を握っているのはギリシャ自身であり、EU各国もギリシャの十二分の自助努力を切に期待しているに違いない。

 中南米各国では、豊富な農産物や天然資源で蓄積されてきた富を浪費して、ついには危機を迎えてしまった。そして、その後の経済構造改革を果たしたのは人的資源の活用だった。注目される中国経済の高成長でも、それを支えるのは中国国内の天然資源ではなく13億人の人的資源だ。かつての累積債務国の代表格だったブラジルが今日BRICsの一角を占めて注目される背景も、その天然資源と並んで人口の多さにあり、人的資源の大きさにある。「切り売りできる天然資源」を大して持たず、公務員が他国以上に多いギリシャの解決策は、天然資源が豊富な中南米諸国以上に人々が大いに働き、生産性を上げていくことしかない。


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