頭の中で新幹線を思い描いてみてほしい。流線型の車両やレール、トンネルなど様々なことが思い浮かぶだろうが、車両の上にある架線はきちんと描かれているだろうか。しかも、レールが2本あることは誰もが知っているが、架線が何本あるかをご存じだろうか。架線には列車に電気を供給する役割があり、架線が切れると列車は走ることができない。そして、車両が最新の技術を取り入れて何度も新型に置き換わっているように、架線も進化している。
2014年9月、JR東海は東海道新幹線の架線を「次世代架線」に取り換えると発表した。それまでの東海道新幹線の架線は、パンタグラフと接して車両に電気を供給するトロリ線、トロリ線を吊る吊架線と補助吊架線の3本で構成されていた。それが、次世代架線の開発により、補助吊架線が不要となり、トロリ線と吊架線の2本のみで車両に電気を供給できるようになる。架線が1本減ることで部品点数が減り、部品が原因となる故障発生を抑制できるほか、保守作業のコスト削減にもつながる。
とはいえ、取り換え作業は簡単にはいかない。作業は運行終了後の深夜0時頃から翌朝5時頃までに限られる。しかも、実際には始発列車が走る前に、複数の「確認車」という車両が全区間を数区間に分けて、線路や架線に異常がないか確認する。つまり、確認車の走行前に作業を終えていなければならないのだ。
取り換え作業を行う新生テクノス名古屋新幹線支店の大橋甲季さん(29歳)とトーカイテック一宮営業所の立山聡さん(51歳)に話を聞いた。新生テクノスはJR東海グループ唯一の電気設備工事会社で、東京〜新大阪間における新幹線の電気工事全般を担当。トーカイテックは新生テクノスの協力会社として、同社と二人三脚で保守点検や改良工事を行う。岐阜羽島と米原駅を含む76キロ・メートル区間が守備範囲だ。
「名古屋地区では年間15〜20キロの区間を取り換えています。名古屋地区は上下線合わせて344キロあるので完了まで20年近くかかる計算です」と大橋さんが話す。これほど長い時間がかかる作業とは驚いた。
実際に現場で取り換え作業を行うのはトーカイテックの役割だ。立山さんは以前、高い鉄塔に張られた送電線にまたがって宙乗りで作業をしていたベテラン。それでも、架線の取り換え作業をやると決まったときは「しんどいなあと思った」と明かす。新しい作業だけにゼロから手順を決める必要がある。短時間で作業を終えるには、事前準備をどこまでやるか。「当初は混乱もあった」と振り返る。「でも最近はだいぶ落ち着きました」。