2度目の大泣きは、名人戦の挑戦権を最年少の19歳で獲得して張栩九段と対局した時。井山はいきなり2連勝したが、その後3連敗、6局目に勝って最終7局目にまで持ち込んで敗れた。史上初の10代の名人誕生かと話題になったが、控え室に戻って涙が出たのはそれが理由ではないという。
「2連勝した時にも勝っているのに苦しい。相手は負けたのに平然としている。張栩さんは目標にしてきた人で、実績も実力も上の人なんですけど、すごい迫力というか、圧倒されたというか……。打つ手に自信があふれているように感じられて、相手の打つ手がみんないい手に見えてくる。相手の手がよく見えてくるとけっこうきついんです。僕は自分を信じ切ることができなくて、技術面でも気持ちでも負けていたんです」
翌年、再び張栩に挑戦し、4勝1敗。20歳でも史上最年少の名人誕生で、張栩をして「もう勝てないかも」と言わせた。井山の涙は勝負の結果で流れるのではなく、自らの弱点を思い知らされた時にあふれ、きっちり弱点を補強して脱皮する。
今年は1月の棋聖戦からスタート。3月21日から23日にかけては日本、韓国、中国チームと囲碁AIとの国際戦に日本代表として出場。AIは日本で開発された「ディープゼンゴ」。
30年前には日本の囲碁は世界で一番強かったが、スーパースターの登場で囲碁ブームが起き大躍進した韓国と、国を挙げて臨んでくる中国が、今では世界のトップ争いにしのぎを削り、日本は3番手に甘んじている。韓国最強のイ・セドルが、グーグル傘下の会社が開発した囲碁AI「アルファ碁」に1勝4敗で敗れて衝撃が走ったように、AIの躍進もすさまじい。
「AIの優れた部分も、人間のほうが優れた部分もあると思っています」
国内のタイトル戦で挑戦者を迎え撃ちつつ、挑戦者として失ったタイトルの奪還も目指す。さらにその上に、日本と人間を背負って世界とAIに挑戦する国際戦も多くなる。井山の頭脳が休まる暇はなさそうである。
写真・岡本隆史
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