2024年12月19日(木)

中東を読み解く

2017年4月19日

EU加盟交渉の終焉?

 エルドアン氏が国民投票の勝利宣言で、「死刑復活の議論を始める」とぶち上げたのも、欧州の言いなりにはならないという強い意思の表れだ。トルコは2002年、EU加盟交渉を始める条件として死刑制度の廃止を決定したが、これにはエルドアン氏がずっと不満を抱いてきた。死刑復活が決定されれば、加盟の道は永久に閉ざされてしまうだろう。

 しかし同氏は今や、EU加盟を強く望んでいないのかもしれない。トルコ国営通信によると、同氏は国民投票後、「彼らはEUの門の前でわれわれを長い間待たせてきた」と述べ、加盟交渉が停止されても問題ではないと語っている。一種の開き直りとも言える姿勢だ。

 対してEU側は「トルコとの緊密な関係を求めるのは無駄だ」(オーストリア外相)「加盟交渉を直ちに終わらせよう」(ベルギー元首相)などとエルドアン氏の独裁化に厳しい対応を要求する声が強い。ドイツのメルケル首相は僅差でのエルドアン氏の勝利に対し「国民の分断を修復するために大きな責任がある」と反対派との和解を求めた。

 エルドアン氏はトルコ人のアイデンティティを守るため、EUとの政治的関係は断念し、経済だけに特化した関係に絞ろうとしているとの指摘もある。経済の復興を図るためには、最大の貿易相手国であるドイツや英国、イタリアなど欧州との経済関係を弱体化させるわけにはいかないからだ。

軍の掌握とイスラム化

 大統領の権限強化を達成したエルドアン氏が次に取り組もうとしているのが「軍の完全掌握とイスラム化の推進」(ベイルート筋)だ。

 トルコは建国の父、ケマル・アタチェルクが導入した「政教分離」という国是で近代化を成し遂げてきた。政権がイスラム主義を強めたり、混乱した時は軍が再三にわたりクーデターや強権的な圧力で介入し、トルコの“番人”の役割を果たしてきた。

 エルドアン氏も長年、軍の動きに細心の注意を払い、その懐柔に手を焼いてきた。しかしそうした警戒にもかかわらず、昨年7月にはクーデター未遂事件が起きた。辛くも暗殺を逃れた同氏はクーデター未遂に関与した軍人8000人を拘束するか軍から追放した。しかし同氏はクーデターを起こしたと非難するギュレン派がまだ軍部内に潜んでいるとみて粛清の動きを強めるだろう。

 同氏は軍の再編成のために将軍の1人を補佐官に据えたが、この将軍はかつて、イスラム主義者だとして軍を追われた人物だ。軍の幹部は同事件後、反米の右派グループが牛耳り始めており、エルドアン氏は思想的に中立だった軍をイスラム主義に変えようとしている。女性軍人が最近、頭を覆うスカーフ「ヒジャブ」の着用を許されたのもこうした流れの線上にある。

 イスラム化が軍だけではなく、社会全般でさらに推進されるのは必至だ。大学のキャンパスで容認されたヒジャブの着用は、公務員にも拡大されている。エルドアン氏はイスラム教の国教化を図り、政教分離という国是を確実に変質させようとしている。
 

  
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