遺伝的撹乱(かくらん)の懸念もある。最近の研究によって、日本に生息するコイの多くがユーラシア原産の外来種、あるいは外来種と日本在来のコイの交雑個体であることが確実視されている。在来のコイは琵琶湖北部などで細々と生き残っているのみとされ、環境省レッドリストにも掲載されている。専門家によると「在来のコイは近々学名がつき、日本固有種になる」ようだ。一方、遺伝的にみれば、ニシキゴイは中国ルーツであるという。安易なニシキゴイの放流は、古来、日本に生息している残り少ない在来のコイの遺伝子を消滅させる可能性がある。
最後に感染症蔓延(まんえん)の危険性だ。1990年代からコイのみが罹る致死性の感染症・コイヘルペスウイルス(KHV)が世界各地で猛威を振るっており、日本でも甚大な被害が出ている。都道府県の条例などによってKHVに感染したコイの放流は禁止されているが、危険性はつきまとう。加えて「高密度の環境で養殖された魚がどのような病気を持っているかはわからない」(業界関係者)のが実態だ。
冒頭の放流イベントが炎上したのは、こうした理由があったからだ。
山梨県の放流現場へ
口を固く閉ざす当事者たち
貢川の堤防から川の中に目を凝らすと、黒いコイに混ざって泳ぐ数匹のニシキゴイが、泥を巻き上げながら水底をついばんでいた。十数人の地元住民に話を聞くと、口をそろえて「あまりニシキゴイを見たことはないですが、いたとしたら優雅できれいな感じはしますね」と語る。ニシキゴイの放流イベントはこうした「良い印象」を地元住民に与えるため、地元の盆踊りに顔を出すような感覚で、政治家は放流イベントにも参加するのだろう。
しかしこれは本来の自然には存在しない光景だ。教育として小学生に放流をさせたことは、河川に親しみを持ってもらうというメリットはあるかもしれないが、本来の自然環境を誤認してしまうという意味ではデメリットは大きい。甲府市環境部の担当者は「法律には抵触していないが、今回の件を受けて考えないといけない。今後は適切に対処していきたい」と話す。
では何故、NPO法人「未来の荒川をつくる会」はニシキゴイを放流したのか。事情を聴くため、NPOの代表と、放流に際してニシキゴイを提供したとされ、NPOの理事にも名を連ねるニシキゴイの販売業者の会長に再三取材を申し入れたが、NPOの代表は一切の音沙汰がなく、販売業者は「この件についての取材には応じられない」という返答であった。甲府市にある販売業者の店舗を直接訪ねて取材を申し込んだが「会長は現場に出ている」の一点張りで、残念ながら当事者から話を聞くことはできなかった。