WEDGE REPORT

2017年7月22日

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風樹茂 (かざき・しげる)

作家、国際コンサルタント

作家、国際コンサルタント(kazakishigeru@gmail.com)。1956年、北海道生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。メキシコ留学後、中南米の専門商社を経て、南米アマゾンの奥地でODAプロジェクトの鉄道建設にかかわる。その後は、シンクタンク、研究所勤務などで、首相向けの政策提言、ODA援助、海外投資、NGOプロジェクトに従事。イスラム開発銀行のコンサルタントも経験し、30数カ国を踏査。石油関連事業でカタール、ベネズエラに駐在。

貧者に厚い農業国の道を歩む

 このような歴史を知ると、独裁者のストロエスネルが「私は明治天皇の生まれ変わりであり、パラグアイを近代化する宿命を背負っている」と公言していたのもなんとなくうなずける。

 在任中、世界最大級のイタイプダムを建設し、電力をブラジルに売却し収益を得、アメリカや日本の援助で道路や空港などインフラを次々と建設した。小国となったパラグアイは大規模な工業化はせずに農牧業に徹した。それがむしろ幸いした。隣国のアルゼンチン、ブラジルは、無理な工業化により海外債務を増やし、国内の混乱を招き、国民は貧困化した。80年代後半、パラグアイの実質最低賃金は周辺国と比べるとずっと高かった。

 その当時の文献を調べてみると、今の世界の潮流からは信じられないことだが、実質平均給与と最低賃金の伸び率は最低賃金の方が高く、不況のときは、平均賃金のほうが最低賃金よりも下落率が高い。貧者に優しい国なのだ。前述の税関官吏のように、政府高官は、裏ビジネスで儲けて給与を補てんしていたともいえる。

 もちろん、独裁がいいわけではない。ストロエスネルは自分が所属するコロラド党と軍隊を私物化し、周辺をすべてシンパで固め、体制維持のためにナチのやり方を見習った。内務省に属する軍の秘密警察はピラグエと呼ばれる密告網を作り、反対する人間を300~400人暗殺し、随時拷問も行った。さらに、自らの病気を治癒するために農村から子供を買い取り、彼らを吊るし血のシャワーを浴びたという身の毛のよだつ証言さえある。

 国を一見した旅行者では内実が分からないことが多い。

オトモダチ政権は許せない 

 翌年、日本に帰国し、「パラグアイでクーデター!」のニュースが飛び込んできた。1989年2月2日に軍部のクーデターがあり、ストロエスネルはブラジルに追放され、35年の長期独裁に終止符を打ったという。クーデターの首謀者は、独裁者の娘婿のアンドレス・ロドリゲス将軍だった。彼は大統領の再選(任期5年)、現役軍人の政治参加を禁じた憲法を制定し、民主化の道を開いた。

 追放された独裁者ストロエスネルは2006年8月16日に、亡命先のブラジルで心不全で亡くなっている。93歳。祖国へは一度も戻ることができなかった。

 時を経て、今年の3月31日、パラグアイで大統領の再選を認める憲法改正案が上院で可決された。現在の大統領マヌエル・カルテス(2013~)はタバコ、ソフトドリンク、食肉加工、金融業、スポーツ用具、牧畜業、銀行など事業が多岐にわたる財閥のカルテスグループのオーナーで、議員やマスコミを豊富な資金にものを言わせて買収していたといわれる。

 それに怒った反対派は国会議事堂に火を放ち、野党・真正急進自由党の青年リーダー(25)が警官に撃たれて殺された。

 独裁者のストロエスネルの悪夢が蘇ったパラグアイ国民の反発は強く、憲法改正に賛成した政治家の事務所や住居の前に反対派が集結した。そして、レストランなどの商業施設は彼ら議員たちへの接客を拒否した。結局下院で憲法改正案は否決(4月26日)。カルテス大統領は2018年の大統領選挙には、出馬できないこととなった。

 パラグアイの民主主義は保たれたように見える。

  
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