「キリスト教の独身制や東洋の宦官と、国家公務員試験制度は同じ」
出口:元のテーマに戻ると、僕はキリスト教が世界に広がったのは、寄生階級を組織化していたからではないかと思っているんです。たとえば、イスラム教では、牧師さんはみんな仕事を持っていますよね。八百屋のおじさんとか。
佐藤:はい。
出口:キリスト教は、ローマ教皇から始まり、寄生階級をたくさん抱え込んでいる。そうするとお布施がなかったら生きていけません。たとえばルターの改革で、ドイツや北ヨーロッパを失ったら、どこかを取り戻さないと自分たちが生きていけない。
佐藤:その通りです。取り戻すため、拡大しようとした一つが日本だった。宗教改革がなければ、ザビエルが日本に来ることはなかったですからね。
出口:要するにどんどん領土を広げなければ、ごはんが食べられないという構造があったから、世界宗教になったのではないかと。
佐藤:その要素は確かにありますね。帝国主義と結びつくことができたのが、キリスト教が広がった大きな理由でしょうね。
あと、カトリック教会は厳しい独身制を敷いていますよね。独身制を敷くというのは、基本、権力があるということなんです。
どういうことかというと、外で子どもを作るかもしれませんけど、自分の子どもはいないことになっている。つまり、子どもに財産や権力を相続できないんです。東洋やイスラム諸国では、独身制を敷く代わりに宦官を置いていたわけですね。去勢しちゃえば物理的に子どもができないので。
ちなみに、日本で近代以降、宦官や独身制と同じ役割を果たしているのが、国家公務員試験じゃないでしょうか。
出口:どういうことでしょうか?
佐藤:要するに、試験に合格しなければ、いくらお父さんが財務次官だって、息子が次官になれるわけではない。そういった形の一種の去勢です。
出口:社会的な去勢、ということですね。
佐藤:はい。それは選挙制度や試験制度や独身制など、いろいろな形でできるんですよね。やっぱり権力があるから必要なんです。
出口:キリスト教はお金もあって、国家権力もあったから。
佐藤:意外と知られていないのは、宗教改革が起きたのはドイツですが、ドイツのルター派の牧師は、今も基本的に公務員です。ドイツには教会税というのもある。だから最近は無宗教だと申告する人が多いようです。教会税を取られないために。
出口:なるほど。
佐藤:それから、ドイツ連邦の文部大臣って聞いたことないでしょう?
出口:はい、ありません。
佐藤:実は、連邦に教育関連の大臣はいないんです。
出口:州でやっているんですよね?
佐藤:州の教育大臣っていうのは、牧師出身者や神学出身者が多いんですよ。たとえばメルケルも牧師の子で、ガウク前大統領も牧師。ガウクは現職の牧師でした。国家と宗教がものすごく近いんです。
深井智朗さんが『プロテスタンティズム』という本に書いているのですが、ドイツでは最近ルター派教会に来る人が増えたそうです。
出口:なぜですか?
佐藤:そこが白人社会だから。白人で、ドイツ語しかしゃべらない。移民がいない場所なんです。そこに来て、みんななんとなくホッとしている。ここに本来のドイツがあるんだ、と。ちょっと危ない要素が入っているんです。
出口:へえ。宗教と権力の関係って、面白いんですね。
「イスラム教を理解するためには、キリスト教の知識が必要」
出口:ここまでキリスト教のお話をうかがってきましたが、次はイスラム教のことをお聞きしたいと思います。イスラム教は一般にわかりにくいと言われていますが、教義はキリスト教と同じですよね。
佐藤:同じところと、違うところがあります。とりあえず日本では、一神教で手っ取り早くわかるのはキリスト教です。だから、イスラム教を理解するためには、キリスト教に関する標準的な知識があるといい。イスラム教独特のものと言われても、実はキリスト教も同じ部分がたくさんあるから。
出口:イスラム教はキリスト教のどのグループと似ているのでしょうか。
佐藤:カルヴァン派です。生まれる前に神様から選ばれる人たちと、選ばれない人たちが決まっているという考え方(二重予定説)があります。
似ていると、磁石ってN極とN極で反発するんですよ。実は、トランプはカルヴァン派なんです。
出口:えっ、トランプが?!
佐藤:ええ。長老派です。20世紀以降、アメリカの大統領でカルヴァン派は3人しかいません。ウィルソン、アイゼンハワー、そしてトランプ。この3人は特徴がありますね。たとえばウィルソンだったら、国民に「何やってるの?」と思われながら、「神様から言われたからやっている」という思いで国際連盟を作りました。結局アメリカ議会の反対で加盟できなかったんですが、そういうエネルギーはカルヴァン派特有です。
出口:選ばれたから、頑張るしかないという。
佐藤:アイゼンハワーも、ノルマンディー上陸作戦なんて周囲はやらないほうがいいと思っていましたからね。それが、彼のものすごく強いイニシアティブで実現したわけです。やっぱり神がかり的なところがある。
出口:なるほど、トランプも神がかりなんですね。
佐藤:ええ。だからトランプを理解するには、彼自身が「自分は神によって選ばれている」という理想を持っていることを知ること。不動産業で成功したので、普通に考えればそれだけでいいんだけれど、彼は「世のため人のために大統領になった」と思っているんです。だから面倒くさいんです。
出口:何かを信じている人とは、なかなか普通の話ができないですよね。
佐藤:もう一つ、クリスチャン・シオニズムという考え方があります。
ユダヤ教とキリスト教はヨーロッパでは仲が悪いんですが、アメリカでは仲がいいんですよ。
イスラエルというのは、選ばれた人によってできた国であると、聖書に書いてある。この世の終わりに最後の審判が起きて、みんなが楽園に入る前にイスラエルが現れる、と。
出口:メシアだと。
佐藤:そうです。それと同時にわれわれが作ったアメリカも、同じような国だ。だからイスラエルを支持しよう。この考え方がトランプの中で強いですからね。だから、娘がユダヤ教に改宗することを全然気にしなかった。たぶん、富士山に登るのに、山梨から登ろうと、静岡から登ろうと、目指している頂上は一緒、くらいの感覚でしょう。
出口:なるほど、そうか。トランプがカルヴァン派だということを知れば理解しやすいんですね。イスラムも近い。
佐藤:N極とN極だから、イスラムの国とは非常に相性が悪い。反発し合うんです。でも、似た者同士の反発なので、ある程度相手の考え方はわかります。
*後編(8月1日公開予定)へ続く
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