出口:みんな忘れちゃうんですね。
佐藤:だから忘れないようにリビューしないといけないんです。こういうのが、本当の応用問題ですよ。その先で、安倍さんや菅さんが嘘をつくことはありません。北朝鮮に関してどういう脅威があるかということを、リストアップした防衛省に言ったはずなんです。防衛省も積極的に嘘をつくはずがないですから。
出口:知らないんですね。
佐藤:シリア問題では、アサド政権の空爆でサリンが使用されたと言われています。おそらくアメリカでは、耐熱性のサリンができているのではないかという仮説を持っているんじゃないでしょうか。
出口:なるほど、なるほど。
佐藤:それだから、ロシアが関与しているのだ、と言っている。オウム真理教のとき、サリンはビニール袋に入れて傘で突きましたよね。
出口:ええ。
佐藤:ということは、もしサリンで攻撃するのだったら、複葉機に載せて、低空飛行で、入れ物に入れたサリンを結び付けて、ナイフで切って落とせば効果があるはずなんです。そうじゃなくて、弾頭に入れて高いところから落としたなら、その熱が影響を与えるはずです。
出口:なるほど、やっぱりリテラシーって大事ですね。
佐藤:ちょっと面白いと思いませんか? 納得いく説明がなかなか難しいですけれど。理屈がわかって、総理のやっていることについて文句を言うと「じゃあお前は、北朝鮮の脅威がないのか」と言われても面倒くさい。だから黙っちゃうんでしょうね。
「小保方さんの件で起きたことは、錬金術と同じなんです」
佐藤:リテラシーの大切さでいえば、小保方晴子さんの件です。これは、なぜ理研の人たちが騙されたかという話ともつながってきます。重要なのは、錬金術に関する知識学なんですよ。
古代ギリシアっていうのは、観察がすごく重要だったんですよね。
出口:そうですね。
佐藤:アリストテレスの著作で、岩波文庫に入らないような雑品集があるんですよ。その中では、たとえば「糞と小便」の研究がある。時間が経過すると糞は臭いが薄れるのに、小便はもっと臭くなる、とか。いろんな理屈をこねているんですね。
出口:それが観察ですよね。
佐藤:ええ。もう一つ面白いのは、「好色な男性はなぜ髪の毛が薄いのか?」という研究もある。頭の中にはスケベな液体が入っていて、それが加齢と共に頭蓋骨の中にすき間が空いてくるので、頭に染みてきているのだ、と。
出口:ハハハ!
佐藤:アリストテレスは、延々とそれを論じているんですよ。でも中世になると、観察でガタガタ言うのを嫌ったんです。実験が重要な時代になる。
出口:はい、それが錬金術ですね。
佐藤:そうです。錬金術師は必ず研究所を持っていないといけないんですよ。そこで、乾いた道と湿った道、2つの方法で実験します。
この錬金術に注目すると、カール・ユングが『心理学と錬金術』という本を書いています。面白いのは、錬金術はいくつも成功例がある。しかし、非金属が金属に変わるはずないでしょう、という。
なぜ成功するのか。それは、「錬金術師が研究室のメンバーの無意識の領域まで支配したときに完成する」と。
出口:なるほど。
佐藤:つまりこれは、「みんなは金属の変化のほうに注目しているけれど、そうじゃない。心理を変化させる技法だ」というんです。研究室にいる人が、錬金術師を全面的に信用した場合、「ほら鉛が金になったよ」と言ったら、その部屋にいる人はみんな信用しちゃうんですよ。これ、小保方さんで起きたことと同じですよね。錬金術師的な才能を持っていると、狭い集団の中で磁場を変化させられますから。
私はそういうふうに思っているんです。錬金術というとみんなナンセンスだと思うんだけど、心理学で見るなら正しい。そうなるとやっぱり、錬金術について勉強しておいたほうがいいんです。
出口:科学の進歩を考えてみたら、スタートは観察で、その次が実験で、次は人間の目だけではダメだから顕微鏡や望遠鏡などの機械を使って、その次がシミュレーションですよね。
佐藤:ええ、そうです。ところが、そこにはタイムラグがあるわけですよ。仮説というのは、化学的な仮説なのか、それとも一種の妄想なのかということは、わかるまでに時間がかかるわけです。そのすき間に小保方さんはうまく入ったな、と。
出口:なるほど。それにしても、実験と心理学、錬金術と心理学という佐藤さんの指摘は、すごく面白いですね。
佐藤:私というより、カール・ユングですけどね(笑)。彼はそういう意味では上手な形で精神分析という巨大なマーケットを創りだすことに成功したんです。
出口:ある意味で、錬金術師として大成功したわけですね。