以前、筆者が『うつの8割に薬は無意味』(朝日新書)という本を書いた際、一般読者からも、精神科医仲間からも、「うつを過剰診断した結果の偽性『うつ』を含めるなら、その『8割に薬は無意味』と言っていいが、国際診断基準で厳密に『大うつ病』と診断された場合、『8割に無意味』は言い過ぎだろう」と言われた。
そうではない。驚くべきことに、「大うつ病」の8割に薬は無意味なのである。拙著の冒頭で「プラセボ効果ではなく、ほかでもない抗うつ薬で治るのは5人に1人」との見解を示しているが、その根拠は「大うつ病」に関する論文から得られている。
つまり、うつの諸症状の「5つ(またはそれ以上)が同一の2週間に存在」し、かつ、それらが「ほとんど1日中、ほとんど毎日」出現して、結果として「大うつ病」と診断されるような本格的なうつ病に限定した研究においてすら、その「8割に抗うつ薬は無意味」なのである。
この連載「医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から」の読者のなかにも、うつの症状(抑うつ、興味・喜びの関心、焦燥、易疲労性、不眠等)がおありの方もいらっしゃるであろう。しかし、それらの諸症状が、「2週間、ほとんど1日中、ほとんど毎日」続いている人は稀であろう。
ということは、皆さんの場合、うつはうつでも、「大うつ病」までは至らない「うつ状態」に留まっている。そもそも「大うつ病」ですら、その8割に薬は無意味であるから、憂鬱ではあっても「大うつ病」ではない「うつ状態」の方々におかれては、抗うつ薬は無意味といえる。
筆者が減薬・断薬を積極的に勧める精神科医であることは知られているので、本拠地の大学病院においても、外勤先においても、その希望の患者さんが多数訪れる。無意味な薬は減らし、やめれば、簡単に改善する。患者さんからはずいぶん喜ばれるが、筆者からすれば、「初めから勝利が約束された戦い」である。