2023年1月30日(月)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2023年1月7日

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井原 裕 (いはら・ひろし)

獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科教授

1962年生まれ。東北大学医学部、自治医科大学大学院を経て、ケンブリッジ大学大学院修了。順天堂大学准教授を経て、現職。著書に『激励禁忌神話の終焉』(日本評論社)などがある。

 「働く人のうつ」は、なかなか治らない。薬を飲んでも、認知行動療法を受けても治らない。脳を磁気で刺激しても、休職しても、生活習慣を整えても治らない。リワークに参加しても治らない。これらはいずれも無意味ではなく、一定の効果はある。それでも治らない。

(Zephyr18/gettyimages)

 なぜか? 実は、治らないのには、理由がある。治らなくて当然である。それは、治すべき病気がそこにないからである。「働く人のうつ」は、「うつ病」ではない。「うつ病」ではないのだから、うつ病の治療をしても治るはずがない。

「うつ病」ではなく「バーンアウト」

 日本では「働く人のうつ」を「うつ病」と見なしがちだが、海外、とりわけ英語圏なら「バーンアウト」(燃え尽き症候群)と呼ぶであろう。これは単なる呼称の問題ではない。前者なら治療の対象になるが、後者なら働き方、働かせ方の問題となる。この違いは決定的である。

 カリフォルニア大学バークレー校の名誉教授で、バーンアウトの研究に長年従事してきたクリスティーナ・マスラックは、バーンアウトを「炭鉱のカナリア」に譬える。美しい声で鳴いていたカナリアが突然鳴かなくなったとすれば、それはカナリアが病んだからではない。危険を察知したのであろう。

 カナリアは異常であるどころか正常である。メタンガスを感知して、鳴くのをやめたにすぎない。異常な状況における正常な反応が「炭鉱のカナリア」である。同じく、バーンアウトは、「異常な職場環境における正常な反応である」と、マスラックは主張する。

 バーンアウトは、情緒的消耗感、非人間化、個人的達成感の低下などが特徴だとされる。かつては、対人援助職特有のストレス反応とされてきたが、現在では、ホワイトカラー一般、とりわけ、組織行動を伴う職業一般の現象であるとみなされている。

 バーンアウトについて、世界保健機構(WHO)は、2019年にあえて「疾患でもなければ、医学的状態でもない」と述べた。WHOは、現在、『疾病及び関連保健問題の国際統計分類』第11版(ICD-11)を準備中だが、ここにおいてあらたに「バーンアウト」を含めることにした。

 WHOが「バーンアウト」をICD-11に含め、しかも、それを「疾患ではない」としているのは、一見、矛盾している。その疑問にWHOは回答している。「それにもかかわらず、バーンアウトは、医師にかかる理由になりえる」と。


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