2024年5月15日(水)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2023年1月7日

 鳴かないカナリアを炭鉱から出せば、次のカナリアも鳴かなくなる。このカナリアを出せば、今度はさらに別のカナリアが……。同じく、うつの人を職場から追いやれば、次の人がうつになり、その人を追いやれば、さらに別のひとがうつになる。こうして職場は櫛の歯が抜けたようになり、生産性が下がり、利益が下がり、組織の未来な暗澹たるものになる。

 組織にとって、従業員は人的資産である。彼らが生産性をあげることが、利益を上げる道である。しかし、この貴重な資産もうつになり、休職すれば、一円の利益も生まない。ただのコストに転じる。「働く人のうつ」は、結局のところ、個人の健康問題を超え、人事管理における最悪の失敗となる。

精神科医にできること

 働く人がうつになれば、それでもメンタルクリニックを受診するであろう。WHOが「バーンアウトは、医師にかかる理由になりえる」という通りである。

 しかし、精神科医選びは慎重でありたい。「働く人のうつ」をうつ病と見なして、即、抗うつ薬、即、休職とするタイプの医師は、避けるべきである。その精神科医が復職させる技術をもつならいい。しかし、休職させることはできても、復職させることのできない精神科医も少なくない。

 うつ病の専門家よりも、むしろ、産業精神保健に精通した医師にかかることをお勧めしたい。産業精神保健に精通していない精神科医だと、拙速に「うつ病」と診断し、自分の不得意な労働問題には見て見ぬふりをする。

 結果として、初診時に直ちに「3カ月の自宅療養が必要」などの診断書を書いてしまう。しかし、「休職」は問題の隠蔽にこそなれ、解決にはならない。復職すれば、またうつになるであろう。安易な「休職」は、結局のところ、従業員を職場から追い出すことにつながる。

 産業精神保健に精通した精神科医なら、「休職」以外の選択肢をとれる。診断書に「条件付き就業継続可能」と記し、その条件をてこに会社と交渉することもできる。

 たとえば「時間外労働を『働き方改革関連法』に規定する月45時間、年360時間に留める」などと記せば、それだけで本人を取り巻く環境は変わる。さらに、交代勤務者なら労働時間等設定改善法を、障害者なら障害者雇用促進法を、乗務員なら旅客自動車運送事業運輸規則を、子育て世代なら育児・介護休業法を、というように、法や制度に則って妥当な条件を付すこともできる。

 厚生労働省が発行している各種マニュアル、たとえば、「パワーハラスメント対策導入マニュアル」「勤務間インターバル制度導入・運用マニュアル」「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」「障害者雇用促進法 合理的配慮指針」などを引用しつつ、国の指針に則った合理的な提案もできるはずである。

人材を生かすのは経営の課題

 かつて、日本のプロ野球は若い有望選手をスカウトし、高額の契約金、年俸を支払い、その貴重な戦力を酷使して故障させて、早期引退に追い込んでいた。その一方で、千葉ロッテマリーンズは、鳴り物入りで入団した佐々木朗希投手を、1、2年目は体作りに専念させ、3年目の2022年に満を持してデビューさせ、4月にいきなり完全試合を成し遂げさせた。

 人材育成という点でどちらが優れているか、火を見るより明らかである。育成には時間と経費がかかる。無理な働かせ方をして、バーンアウトによる離職・退職を招けば、育成経費は回収されない。人材の使い捨ては、個々の従業員にとって不幸であるのみならず、経営にとっても甚大な損失といえる。

   
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