2022年9月26日(月)

ある成年後見人の手記

2017年8月15日

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松尾康憲 (まつお・やすのり)

ジャーナリスト

1953年生まれ。76年共同通信社入社。87年から2004年まで北京特派員、上海支局長、ハノイ支局長を歴任。現在は放送報道局委員。著書に『現代ベトナム入門 ドイモイが国を変えた』(日中出版)、共訳書に『中国の禁書』(新潮選書)、『性愛の中国史』(徳間書店) 

確かに死者に権利はないが、守られるべき尊厳はある。これが健全な社会通念ではないか。亡くなった由利子が、見舞いにも来ない血族たちに対して熱い思いを抱いていたとは考えにくい。

 筆者も還暦を過ぎたから切実に思うのだが、中高年が預貯金をするのは、自らと配偶者との老後を豊かにし、病気や施設入所などに備え、子孫に大きな負担を掛けることなく死後まともな葬儀ができるよう慮るからだ。葬儀は派手にすれば良い、という考えを私は採らないが、遺産で賄える範囲で、参会者が物故者を悼み偲ぶ雰囲気を保てるような葬儀をするべきだと思う。

 後見人として節約も心掛けた。供花を当初4対考えていたが、4基に減らし、葬儀に続けてよく行われる初七日は省いた。香典は受け取らないと事前に告げていた。お金を頂戴しても私の物にするわけにはいかないし、葬儀絡みの支出の補填に回せば、遺産を増やし、血族たちの取り分が多くなるだけだからだ。法名あるいは戒名については見解も多々あろうが、由利子が夫の為に法名を頂いていたことから推察すれば、自分も没後は法名を得たいと考えていたのであろう。こう推測して住職にお願いした。

詰めの仕事が最難題

 日々が過ぎて11月15日、私は単身、山口から大津を再訪しハーネストの精算に臨んだ。敷金に当たる入所料に約34万円の戻りがあった。血族たちに渡す金だ。通夜や葬儀で涙は出なかったが、心にぽっかり空洞ができていることに気づいた。

 神戸家裁から12月10日付で、私が成年後見人を務めた年間報酬を53万円とするとの審判書が届いた。審判書には報酬金額決定の理由や説明は何も無い。成年後見人は無償のボランティアではなく、年に1回決算予算を家裁に報告する際に「報酬付与の申立て」の機会を得る。

 神戸家裁がまとめた『成年後見人Q&A』には、「報酬を受け取るためには、家庭裁判所に『報酬付与』の申立てが必要です。また、報酬の金額は、後見人の仕事の内容に応じて家庭裁判所が決めます」「報酬の額は、管理している財産の額や後見事務の難易などを総合的に検討し、それぞれの事案ごとに家庭裁判所が決めます。家庭裁判所が決めた報酬の額に不満がある場合、又は、報酬が認められなかった場合でも、不服の申立てはできません」と、明記している。

 ちなみに、11年2月に初めて報酬額が39万円と通告されたが、この5年間で最低だった。前述のとおり、私が成年後見人に選任されるより約7カ月さかのぼる09年3月に、由利子を施設に入れ、その経費も負担しており、既に実質的な任務は始まっていたが、その頑張りは考慮されていない。11年12月が64万円と最高額で、あるいは前回が低過ぎたと思ったからなのか、とにかく報酬金額の増減についての合理的な説明は一切無い。

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