トランプ米政権はイスラム過激派の根絶やし作戦に大きくカジを切った。米国はこれまで、武装無人機と特殊部隊による「標的殺害」の対象を上級幹部に絞ってきたが、その規制を撤廃し、下っ端の戦闘員にまで拡大する見通しだ。過激派組織「イスラム国」(IS)が壊滅した後、勢力の拡大が懸念される国際テロ組織アルカイダを見据えた政策転換と受け止められている。
ナイジェリアからフィリピンまで
トランプ政権のこの新方針は米紙ニューヨーク・タイムズ(9月21日付)が特ダネとして報じた。それによると、トランプ政権の安全保障担当の当局者らは過去数カ月に渡って検討を続け、9月14日の閣僚級会合で中身を確定し、署名のためトランプ大統領に送った。大統領の署名は確実と見られている。
「標的殺害」は過激派幹部の身元を確定し、標的を絞って武装無人機や特殊部隊の急襲で殺害ないしは捕獲する政策。オバマ前大統領が2013年にその基準を定めた。その対象は原則的に「米国人に対し、継続的かつ切迫した脅威を与えている」と見なされる上級幹部に限定された。
しかし、標的の確定には政府の安保関連次官級会合での承認が必要で、手続きに時間がかかり、対象を取り逃がしたこともあった。トランプ政権は今回、殺害の対象を上級幹部だけではなく、過激派の一戦闘員にまで拡大し、狙う対象の規制を緩和した。
ただし、「民間人をほぼ巻き込むことのない確認を得る」という作戦発動の条件はそのまま残されることになった、という。トランプ政権の高官の1人は新方針について、オバマ前政権の基準の“官僚化”を一掃するのが狙いと指摘し、承認手続きを簡素化し、素早く効率的に作戦を発動できるようにしたことを明らかにした。
トランプ大統領はすでに、ISとの戦闘では、現場部隊への権限委譲を進めてきたが、新方針によってさらにこの傾向が進む見通し。また無人機攻撃の強化を求めてきた中央情報局(CIA)の要求を認める方向になりそうで、シリア、アフガニスタン、パキスタン、イエメン、ソマリアなどでの作戦が激化する可能性がある。
こうした地域だけではなく、今回の方針により、過激派が活動しているアフリカのナイジェリアからアジアのフィリピンまでの広大な地域での「標的殺害」が可能になったとも言えるだろう。
アルカイダ再台頭への恐れ
この点について、新方針は一定の歯止めを掛け、新たな国で無人機作戦などを開始する場合は政権の上級レベルの承認が必要、としている。当該の国の選定については、1年ごとに見直しが検討される、という。
しかし、作戦遂行の根拠になっている「自衛権の行使」という理屈には多くの場合、無理があること、米国にとって直接的な脅威とならない国への攻撃には、その国の指導者からの同意が必要なことなど、問題も多い。とりわけ、作戦の規制が撤廃されることにより、民間人の被害が増えるのは確実と見られており、人道的な面から批判が出るのは必至だ。
トランプ政権が新方針の採用に踏み切った背景には、過激派一掃を効率的に進めるという理由に加え、一時はISの台頭の影に沈んでいたアルカイダが再び勢力を盛り返していること、またシリアやイラクで崩壊の瀬戸際にあるISの分派がフィリピンなど東南アジアにまで勢力を伸張させていることに対する危機感がある。
アフガニスタンとパキスタンとの間の部族地帯に本部を置いていたアルカイダは指導者のオサマ・ビンラディンが米特殊部隊に暗殺された後、壊滅状態に陥り、この本部に代わってイエメンの「アラビア半島のアルカイダ」や北アフリカの「マグレブ諸国のアルカイダ」などの分派組織が活動を活発化させた。