サイバー空間の権力論

2017年12月26日

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塚越健司 (つかごし・けんじ)

拓殖大学非常勤講師

1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップ担当としてレギュラー出演中(http://www.tbsradio.jp/dc/)。

技術によって技術を制する

 このインターネットの内向き傾向は政治や経済だけでなく、我々の生活にも影響を及ぼすのだろうか。本連載が以前論じたように、グーグル検索の正確さはすでに担保され難くなっており、グーグル検索を求める「ググレカス」の時代から「ググってもカス」な時代が到来しつつある。みたい情報だけをみせるフィルターバブル技術が蔓延する限り、もはや我々は物事の是非を論じることが困難である。

 他方、Twitterは最近ようやく重い腰を上げてヘイトスピーチ等の不適切な投稿を制限する方向性を打ち出している。またWELQ事件以降失墜した検索の信頼性を取り戻すためにも、グーグルは医療・健康情報領域の検索において60%程度検索結果を改善したと発表した。WELQのような不正確な情報が記載されたサイトを検索上位からふるい落とし、国や医療機関、専門家等の信頼性の高いサイトの検索順位を上げることに成功している。

 一方で、興味深い技術の取り組みもある。VR技術は視覚的体験を引き起こすことで、通常の映像作品よりも強く感情に訴えることが可能だ。その分、政治的な意図をもった映像などをみせることで、一種のプロパガンダにも利用されてしまう、という懸念がある

 こうした製作者の一方的な体験設計は一種の洗脳に近いという批判もあるなか、VRによって多様性を確保する動きもある。映画「バードマン」や「レヴェナント:蘇りし者」でアカデミー賞を受賞している、メキシコの映画監督アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ氏は、自身が製作したVR作品でアカデミー賞特別業績賞を2017年10月に受賞した(この賞は技術革新などを理由に不定期に与えられるものである)。

 アレハンドロ監督のVR作品は『Carne y Arena(日本語では「肉と砂」)』という6分半の作品で、映画というよりは体験用作品である。内容はメキシコからアメリカとの国境を越えようとする不法移民を扱うものだ。国境を越えようとする不法移民の姿を間近に感じることができるが、本作の特徴は特定の視点に鑑賞者を立たせない点にある。

 鑑賞者はVR装置をつけて空間を自由に動くことが可能だ。作品内では国境警備隊と不法移民の争いが展開されるが、鑑賞者によって不法移民の側に立つ人、国境警備隊の側に立つ人、中立的な場所から眺める人、などがいるという。

 監督は、映画の意図は20%しか伝えられず、残りの80%は鑑賞者自身が発見するもの、と述べている。VRは強い共感と体験を引き起こすが、鑑賞者に「鑑賞方法の自由」を提供することでVRを洗脳装置とさせない、という監督の意図が読み込める優れた手段であろう。鑑賞者は再び別の視点から作品を鑑賞したり、鑑賞者たちの間で議論することが可能だ。まさに体験は同一ではなく、観た人間の視点によって異なるのだから。

 2017年は全体的にインターネット空間が内に閉じこもる傾向が顕著にみられた。しかし、技術が引き起こす問題は、再び技術を用いて乗り越えることも可能だ。技術を否定するのではなく、よりよいものにすること、そうした努力がますます求められているように思われる。
 

  
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