「辺ABと辺ACの比は何対何かな?」
新宿区立西新宿中学校の3年生の数学の授業中、教室には先生の他に、大学生の姿があった。
「先生、この答えで合ってる?」
問題演習中、生徒たちはこの大学生たちを「先生」と呼び、分からないところなどを質問した。それに対して、丁寧に答える学生。生徒の「分かった!」という声に、とても嬉しそうに目を細めていた。
西新宿中学校では、昨年5月から慶應義塾大学・総合政策学部の渡邊頼純教授の呼びかけによって集まった学生ボランティアが、授業や放課後に生徒の学習補助を行っている。学生は、慶應義塾大学、立教大学、早稲田大学など複数の大学約30名が登録中だ。
リーマンショック後も深刻さを増す
外国人児童の教育問題
平成2年、「出入国管理及び難民認定法」の改正において、「定住者」「日本人配偶者等」などの身分または地位に基づく在留資格が創設され、ブラジル人やペルー人を中心とする日系人とその家族の数は増加を続け、企業の工場がある一定の地域へ集住するようになった。このような状況の中、問題となってきたのが、外国人児童への日本語教育だ。文部科学省の「日本語指導が必要な外国人児童生徒の受入れ状況等に関する調査」によると、その生徒数は平成20年度で28,575人(前年度12.5%増)を記録している。
それらの地域では、自治体やボランティア団体を中心に、日本語が分からず、学校の授業についていけない子どもたちに対して支援を行ってきた。ブラジル人やペルー人が多く集住する浜松市で日本語教室をとりまとめている、財団法人浜松国際交流協会のケースでは、「市内にある4教室では、就学前の子どもも含めて日本語を教えています。教えているのは日本語指導の経験者や、元・塾講師、そして日系ブラジル人もいるので、母語を使って教えることもできます」(浜松市委託事業『プロジェクト・ジュントス』担当者)というように、地域が一丸となって子どもたちを支援してきた。
一方、新宿などの都会はどうか。年少者日本語教育学や移民への言語教育政策に詳しい早稲田大学大学院・川上郁雄教授は、「全国各地の状況を見ると、地方の集住都市よりもむしろ都心の方が支援が手薄いのでは」と言う。地方の集住都市では、リーマンショック後に外国人労働者が失業し、学費の高いブラジル人学校に通えなくなった子どもが、公立の学校に転入し、そこで日本語による学習が困難でつまづいてしまうというケースが目立ったこともあり、平成21年から内閣府が「定住外国人施策推進室」を設置し、各地の支援事例のとりまとめなどに取り組んできた。しかし、都市部の外国人児童に対する支援事例などは、地方都市と比較するとその数は少ないように感じる。
「都市部には子どもたちにとっての刺激や誘惑も多い。国際結婚などによって様々なバックグラウンドの子どもたちが存在しているにもかかわらず、地域や学校の目が行き届かず埋没してしまっている」と、前出の川上教授は警鐘を鳴らす。