同日に米国防総省の高官が明らかにしたところによると、ゲーツ国防長官と胡主席との会談で、ゲーツ長官が「殲20」の試験飛行に言及した際、胡主席と会談に同席した「文民全員」が、この件について「いっさい知らされていないのは明白だ」という。
要するに、米国の国防長官から「殲20」の試験飛行について問い詰められたところで、中国軍の最高指導者であるはずの胡主席は初めて飛行試験のことを知った、ということであるが、もしそれが本当であれば、それこそ、米中関係と中国問題を考える上では看過できない衝撃的な重大事実となるのであろう。
その際、一つの可能性としては、胡主席は試験飛行をすでに知っていたのに、対米外交の配慮から「知らない」と装っていた、と考えることもできるのかもしれない。しかし、胡主席の立場になってよく考えてみれば、そのような可能性は極めて低いと言わざるを得ない。
というのも、軍によって実行されたこのような画期的かつ重要な意味を持つ試験飛行を、軍事委員会主席、つまり軍のトップの彼が「それを知らない」と言ってしまったことは、胡主席自身にとっての信用失墜となっているからである。たとえばどこかの会社の社長が自分の会社で起きた注目の出来事について「知らない」と言った途端、この社長の社会的信用が直ちに地に堕ちるのと同様に、今回の出来事は胡主席自身の権威と信用にとっての大きなマイナスとなっているはずだ。外交相手のオバマ大統領から、胡主席の統治能力と交渉相手としての当事者能力が疑われるからである。
したがって、胡主席が今回の試験飛行を知っていながら、わざと「それを知らない」と装ったような可能性はあまり考えられない。自らの顔に泥を塗るほど、胡主席はバカではない。彼はやはり、今回の試験飛行を知らなかったのであろう。
中国軍の暴走が始まる
そうすると、試験飛行の実行はあくまでも軍による独断であることになるのだが、もしそれが事実であれば、今回の米中関係と中国情勢の行方を占う上で大変重要な意味をもつ結論がここから導き出されるのである。
一つは、胡主席の率いる「文民政府」と軍との間で、対米戦略の面において深刻な亀裂が生じてきていることは明らかということである。胡主席は在任中の最後の公式訪問となる今回の訪米を「歴史に残る訪米」と位置づけ、米中関係を長期的な安定軌道に乗せ、それを自らの「歴史的功績」にしたい思惑のようだが、対米強硬路線を主張する軍はそれに反発して、ゲーツ国防長官と胡主席の会談に合わせてわざと「殲20」の試験飛行を断行し、「対米協調」を狙う胡主席の訪米を潰そうしたわけである。つまり軍にとって、「殲20」の試験飛行は、米国に対する軍自身の強い意思表明と、胡主席の「対米協調」の妨害という一石二鳥の効果があるのである。
その結果、1月18日から始まった胡主席の訪米が期待通りの成果を得られるかどうか疑わしくなっているが、もし胡主席の訪米が大きな成果を得られなかった場合、あるいは実質上、失敗に終わってしまった場合、軍が主張する対米強硬路線がよりいっそう幅を利かせるのに違いない。おそらくそれこそが、軍の思惑通りの展開であり、彼らが試験飛行の断行に打って出たことの目的であろう。