2024年12月9日(月)

安保激変

2018年3月2日

(iStock/AlexLMX)

 前回見てきたのは、米国の核戦略のうち、その「意図」を示す宣言政策に関する記述だが、NPRにおいてより重要度が高いのは、米国の「能力」を司る戦力構成(とそれを支える核関連インフラ)に関する記述である。世界がトランプ大統領の発言やツイートに日夜翻弄されている現状に象徴されるように、宣言政策は短期間で変更される余地があるが、戦力態勢やそれを支えるインフラは、長期間の戦略的投資の積み重ねによって形作られるため一夜にして大幅な増減をすることはできないからだ。NPRのような中長期の戦略文書や予算教書の分析が重要な理由はそこにある。

 この点、マティス国防長官はNPR2018の冒頭においてオバマ政権が決定した核戦力の近代化計画*1を「最も費用対効果に優れ、抑止を確実にする手段」として全面的に評価し、それを着実に履行していくことを再確認している。NPRによって近代化計画の継続が強い政治的後押しを受けたことは、同盟国として素直に評価すべき点と言えるだろう。

 他方、既存の計画とは別に注目を集めているのが、NPR2018で新たに盛り込まれた2つの低出力(low-yield)核オプションである。

新START条約には影響なし
低出力核弾頭の搭載とは

 第一の計画は、配備済みのトライデントD5・SLBMのうち少数に、新設計の低出力核弾頭を搭載するというもので、非公式には「戦術トライデント」とも呼ばれている。現在トライデントD5には、W76-1(100キロトン)ないしW88(455キロトン)核弾頭が1基あたり3~6発搭載されていると見られているが、これらの弾頭はいずれも水爆であり、プライマリーと呼ばれる小型の起爆用原爆と爆発力を増幅させるセカンダリー(核融合デバイス)の2つから構成されている。

 核兵器の設計を担当するローレンス・リバモア国立研究所の関係者によれば、これらの核弾頭からセカンダリーを取り除き、プライマリーだけを使用する方法であれば、理論上核実験を行うことなく、早ければ2年以内に弾道ミサイル用の低出力核弾頭を再構成可能だという。ここで言う「低出力」がどの程度の威力を想定しているかは明示されていないものの、現存する重力落下型戦術核爆弾(B61-3/-4)の最低出力が0.3キロトンであることからすると、それに準ずるかせいぜい5キロトン程度になると予想される。なお、トライデントに搭載する新型弾頭の威力が戦術核並みであったとしても、本計画はあくまで既存の高出力核弾頭を置き換える形で配備するとしており、新START条約上の弾道ミサイル用弾頭数*2には影響がないと説明されている。

 NPR本文において、低出力核オプションは「地域侵攻に対する信頼に足る抑止力を担保するためのもので、『核戦争の遂行("nuclear war-fighting")』を意図したり、それを可能とするものではない」と述べられている。つまり、戦術トライデントの数量を少数にとどめるのであれば、それを用いてロシアや中国が保有する第二撃能力に対するカウンターフォースを行っても完全第一撃を達成することは不可能であるから、戦術トライデントはあくまで相手の段階的な核エスカレーションに対応する柔軟な抑止力として位置づけられるという理屈である。

*1:オバマ政権から進められている核戦力の主な近代化プログラムとしては、(1)ミニットマン3・ICBMの後継(地上配備型戦略抑止[GBSD])開発、(2)オハイオ級SSBNの後継(コロンビア級)の開発とトライデントSLBMの改修、(3)新型ステルス戦略爆撃機B-21の開発、(4)AGM-86B空中発射型核巡航ミサイルの後継(LRSO)の開発、(5)F-35Aへの核運搬能力付与、(6)重力落下核爆弾B61シリーズの更新・統合および誘導能力付与(B61-12)、(7)各種核弾頭の近代化がある。詳しくは、拙稿「トランプ政権が進める核・ミサイル防衛政策見直しの行方(前編)」『Wedge Infinity』(2017年11月1日)。

*2現在、米露の戦略核戦力の構成は、2011年の新START条約によってそれぞれ以下のように制限されている。(1)実戦配備戦略核弾頭(1550発)、(2)運搬手段保有数(800基・機)、(3)運搬手段配備数(700基・機)。


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