一方、TLAM-Nに準ずるシステムの再配備を推奨してきたのが、オバマ政権で政策担当国防次官を務め、自身もNPR2010の策定に携わったジェームズ・ミラーやサンディ・ウィネフェルド前統合参謀本部副議長である。彼らは、ロシアがINF条約 に違反して配備を進めている地上配備型巡航ミサイル(GLCM)に対抗する必要性や、DCAを展開する場合のように展開先の(主として同盟国の)支援に頼る必要がないことをその利点として挙げている。
実際NPRの本文では、INF条約交渉時の1980年代に、ソ連のSS-20を相殺し、軍備管理交渉のテーブルに着かせるレバレッジとして、米国がパーシング2とGLCMを配備した「二重決定」の教訓が引用されており、当時と同様「もしロシアが条約遵守に回帰して、非戦略核備蓄を削減し、不安定化させるような行動を改めるのであれば、米国は核SLCM計画を再検討するかもしれない」としている。
以上の議論は、ここ数カ月のうちに、米国防コミュニティ内でロシアのINF条約違反に対してどのような対抗措置をとるかにつき、方向性の整理が行われたことの結果のように見受けられる。既にFY2018の国防授権法は、INF水準の移動式ミサイルの研究開発に6500万ドルを授権するとの条項を含んでおり、国防省もそれに沿う形でGLCMの研究に着手することを許可している。ところが、NPR2018における米側のGLCM計画に関する記述は限定的なものに留まっている。このことはロシアのINFに対抗する手段としては、元々条約の制限対象ではなく、軍事的にも非脆弱な核SLCMやLRSO、戦術トライデントを重視するとともに、米側が条約から進んで脱退する素振りを見せて、ロシア側に余計な批判材料を与えないようにしていることが考えられる。
核SLCM:アジア戦域への影響
核SLCMに関連してもう1つ忘れてはならないのは、NPR2010でTLAM-Nの退役が決定された際に懸念されたのは、アジア太平洋地域におけるエスカレーションラダー・ギャップの問題であったということである。ロバーツが指摘しているように、NPR2010ではTLAM-Nの役割は爆撃機やDCAによって代替可能であり、むしろその可視性(visibility)は抑止対象に米国と同盟国の集合的な決意を伝達するという点において、潜水艦搭載型のシステムよりも効果的だと評価されていた。確かに、敵に姿を見せないことを最大の軍事的アドバンテージとする潜水艦の特性上、戦術トライデントや核SLCMに航空機と同じシグナリング効果を期待するのは難しいかもしれない。
しかし、爆撃機やDCAをもってしても、TLAM-Nが担っていた軍事的効果を完全に代替できない状況があることにも目を向ける必要がある。例えば、爆撃機から運用されるLRSOは、地域における抑止アセットの柔軟性を確保する1つのオプションとして重要ではあるものの、爆撃機は航続距離の問題から一カ所に長時間滞空することはできない。更にA2/AD環境の悪化によって、爆撃機やDCAはグアムなどの前方展開拠点に駐機しているところを、先制攻撃で撃破される恐れがあることから、展開のタイミング次第では「危機における安定性」を損ねやすいアセットになりつつあり、実際には柔軟な運用が難しくなる局面も予想される。
対照的に、潜水艦搭載型のシステムは、特定海域に長時間留まることができる上、空中や地上配備のシステムに比べても残存性が高い。発射に際して潜水艦の位置が露呈し、肝心の残存性を低下させてしまうという批判については、展開海域での対潜水艦戦(ASW)や十分な距離をとることによって安全を確保することは可能であり、大きな懸念にはならないとも言える。またかつてTLAM-Nがそうであったように、平時には核SLCMを外部の貯蔵施設に保管しておき、安全保障環境が悪化した場合に、それを潜水艦に配備することを宣言するという方式をとることで、一定の抑止シグナルの効果を果たすことも可能であろう。
これらを総合すると、核SLCMの役割は、ロシアのINF条約違反への対抗を表面上の理由とはしているものの、実際には北朝鮮や中国への柔軟な抑止力を担保し、日本を含む東アジアの同盟国を再保証する場合にも重要な役割を果たすと考えられるのである。