本演説は、西半球、すなわち南北アメリカへの米国の関与を強調したもので、歴史の共有、価値の共有に繰り返し言及しつつ、中国の西半球における影響力の増大に強く警鐘を鳴らしている。中国の中南米に対する経済的影響力行使とその弊害は、ティラーソンが描写している通りである。米国が警戒感を高めるのが遅きに失した感もある。
ティラーソンの対中批判自体は適切であり、歓迎すべきであるが、中国を新帝国と位置づけ、西半球への関与排除を目指すというのは、1823年にジェームズ・モンロー大統領が議会で発表した、西半球と欧州の間での相互不干渉を求めたモンロー主義が念頭にあるようだ。実際、質疑応答の中でティラーソンは、モンロー主義について「西半球で我々を結びつけているのは民主的価値の共有なので、モンロー主義は明らかに成功だった。長年にわたり西半球における関係を規定し続けている」、「モンロー主義は、書かれた当時と同様、今でも適切である」などと述べている。しかし、元来、モンロー主義は相互不干渉を唱える内容であるから、現在の中国の行動に対抗する理念として適切かどうか、疑問の余地がある。
また、中南米諸国には、モンロー主義の名の下、米国の干渉を受けてきたとの反感があるので、ティラーソンのモンロー主義を礼賛する発言は中南米歴訪に悪影響があるのではないかという懸念も呼んだ。ただ、歴訪自体は実務的に無難にこなしたようである。しかし、トランプ大統領が、メキシコとの国境への壁の建設や、麻薬の生産や密輸が行われている国に対する支援停止などについて乱暴な発言をして反発を招いている中、歴訪を米国の西半球における立場の大幅な回復につなげるのは、困難なことであったと思われる。
なお、西半球には、世界で数少ない、台湾と外交関係を持っている国が、集中している。西半球で中国が影響力を増大させれば、台湾との断交をますます強く迫るようになることは容易に予想される。昨年6月、パナマが台湾と断交し外交関係を中国に切り替えたのは、記憶に新しい。また、昨年夏、ペンス副大統領は、中南米歴訪で北朝鮮との断交を各国に要請して回り、ペルーなどは北朝鮮大使の国外追放という形で応じた。些細なことであっても、北朝鮮に異を唱える動きは良いことである。アジアの安全保障の観点からも、西半球は決して無関係というわけではない。
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。