2024年6月18日(火)

WEDGE REPORT

2018年4月20日

 東ティモールは今なお開発途上である。国民はコミュニティーの強いつながりの中に日々を送る。生活のすべてはコミュニティーで完結する。あろうことか、そのコミュニティーの中で肉親と隣人が殺し合いを演じた。隣家の男が自分の肉親を殺した。どうしてこれを赦すことができよう。コミュニティーはズタズタになった。人々がよって立つコミュニティーが跡形もなく崩れ去った。コミュニティーは再建できよう。しかし、人々の信頼は取り戻せない。信頼がないコミュニティーはもうコミュニティーではない。そういう状態に東ティモール全土が陥った。これをどうやって立て直すか。

東ティモール(iStock.com/BOLDG)

 ズタズタになった絆を取り戻し国民を統合しなければならない。失われた信頼を取り戻さなければならない。隣人への赦しを、個人の感情はともかくも、政治のプロセスとして、進めていかなければならない。そうしなければ国が成り立たない。

 独立して暫くの間、グスマンが大統領に、そして政敵のアルカティリが首相に就いた。大統領は象徴、実権は首相の手にある。しかし、アルカティリ首相は有能な行政マンではあったが国民の統合という点では今一つ役不足な存在だった。

「赦し」の上に明日を築いていくしか道はない

 国内は荒れに荒れ、独立から4年たった2006年、国は再び内戦の火に燃えた。その後はグスマンが首相になった。グスマンは真っ先に国民の統合を旗印に掲げた。バラバラになった人々の心を一つにまとめなければならない。ズタズタにされたコミュニティーの信頼を取り戻さなければならない。隣人が肉親を殺したことはわかる。その憎しみは手に取るようにわかる。

 しかし、いつまでも憎んでいても明日は始まらない。赦しの上に明日を築いていくしか進むべき道はない。そう、グスマンは説いて回った。全国を行脚した。今日はこの町、明日はあの町。国民に赦しを説くという難しい課題をグスマンは黙々とこなしていった。それは頭で処理できる課題ではない。人々の心に寄り添い、人の苦しみを自らの苦しみとし、苦しむ人々と一体になってこそ政治家は国民を納得させることができる。

 グスマンは人たらしと言われる。これがジャングルと獄中で24年を過ごした人かと思えるほど顔つきが穏やかである。そういえばマンデラの顔も実に穏やかだった。若いころの鬱屈した影はすっかり消え、諦観と、すべてを見通す眼力のようなものがその穏やかな顔に漂う。


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