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チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年3月10日

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城山英巳 (しろやま・ひでみ)

北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院教授

1969年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社で2度の北京特派員を経て現在、北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院教授。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了、博士(社会科学)。近著に『マオとミカド』(白水社)。

 さらに「再生の朝に」を見て、「よくぞここまで敏感な問題を取り上げ、中国国内で撮影と上映が許可されたな」というのが率直な感想だ。死刑と臓器移植を照準にした中国の人権問題は、欧米など国際社会の批判の的になっていたからだ。今回中国から来日した専門家ですら、この映画が中国最高人民法院(最高裁)など司法機関の協力で完成したと知って驚いていた。

 これについて劉傑(リウ・ジエ)監督は、映画パンフレットに掲載されたインタビューで「これまでの中国映画を変えたい、自分の力で中国映画の検閲の枠を押し広げたい、と思ったのです。この映画もその延長線上にあります」と述べている。劉監督によると、チウ・ウー以外の囚人役は実際に刑に服していた人で、刑務所の空いている部屋を使って撮影が行われたという。

進む死刑改革、適用罪が13減る

 なぜこんなことが可能になったのか。まずは映画が完成した09年という年に注目したい。中国では08年の北京五輪を前に国際社会の目に敏感となり、07年から死刑制度に関する改革が本格化し、最高人民法院は死刑執行について「薄氷を踏むがごとく戦々恐々と慎重な態度」で行うよう各地方の裁判所に指示した。今年2月末の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は、刑法改正案を可決し、死刑が適用される68罪から、窃盗や密輸など13罪を除くとともに、違法な臓器売買を犯罪として初めて規定した。

 つまり死刑と臓器売買をセットで考えた刑法改革を展開した時期にこの映画は撮られたのである。映画の中で、チウ・ウーの死刑執行を土壇場で止めた裁判官ティエンに対し、自分の経歴に傷が付くことを恐れる上司は怒り心頭だが、一言「(ティエンの判断は)中国司法制度の進歩を示すものだ」とつぶやくのはその表れだ。

 97年当時、さほど経済損失の大きくない窃盗にも死刑が適用されたのは驚くべき事実だが、映画を通じ、こうした時代錯誤な司法システムを改善しようとする中国の努力を国際社会に訴える狙いもあったように思われる。さらに中国政府は以前から、死刑囚の臓器を移植に利用することを黙認してきたが、人権問題に配慮して死刑囚本人や家族から同意書を獲得するよう求めている。映画では金の力で家族らを説得する弁護士が登場し、見る人に中国司法の不透明さを印象付けるが、こうした同意書取り付けは国際社会の批判をかわすため最低限の手続きとして位置付けているものだ。

「司法の進歩」と「変わらない現実」

 いわばこの映画は「プロパガンダ」という側面も持っていることは否めない。しかし深読みをせず、素直に映画を見た感想としては「中国司法の進歩」より、「変わらない現実」の方が頭に残ってしまうのは筆者だけではないだろう。

 では本当に中国の司法は進歩しているのか。総体的にみて「80年代や90年代より進歩している」(人権派弁護士)のは間違いない。映画を鑑賞した北京大学法学院教授の賀衛方氏はこう指摘した。

 「(この映画は)巧妙な表現で中国司法の問題を指摘している。映画の『協力』として最高人民法院の名前が出ていた。さらに最後に臓器も(摘出されずに)守られ、ホッとした。ちょうど中国全人代では68あった死刑適用犯罪が減ることが決まり、窃盗も死刑に当たらなくなった。映画の裁判官に注目してほしい。制服が警察官と似ている。その後、法服になった(のも変化だ)。しかし外見は変わっても、刑罰を下す道具として裁判を位置付けている現実は変わらない」

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