さらには奄美大島という環境も、台風や猛暑など自然環境の厳しさがあるから、人のつながりによってそれを乗り越えようとする精神を育んできた。豪雨の時も、金井は自分の工場が被災したにもかかわらず、浸水した集落の家々の片づけを先に行った。「家をやられた人は、住むところがないんですから。自然の中で生きているんですから、助け合う時はやらないとと、みんな思っていますよ」と事もなげだ。
技術や姿勢や気持ちが伝統工芸と言えるんだ
金井も10代の頃は、自然の力を借りた染色なんて面倒くさい、人のつながりなんて鬱陶しいと思っていたと笑う。いったん東京に出てから島に帰ったことで、「都市は、人が生きやすいようになっているけど、こっちは人が自然に合わせている。その中で染め物ができるってすごいことだな」と感じるようになった。
金井の言葉には、驚くほど浮ついたところがない。自分や業界の状況を客観視できるだけの、落ち着きがある。そうして座標軸を据えて、あとはどうやって進めばいいか、真面目に考え、実践している。
自然を生かす知恵も、それを教えてくれる人間関係の濃さも、だからこそ助け合わなければいけないことも、金井が泥染めで目指すものの実現のために必要だから大切にしているのは当たり前だが、むしろ、自然の中で生きる、そのために助け合うということが、彼にとって肌に馴染むものになっているのだと感じる。
「3カ月に1度くらい、島の小学校から高校を回って、『出前染め』をしています。みんなにハンカチなんかを染めてもらう。そういうところから興味を持ってもらえばいい。日本人って気質的に長けていると思います。自然のもので楽しむすべを知っていますから。泥染めしたスニーカーのユーザーには『土を踏んでいる感じ』と言ってもらえました。木や土をまとっている感じなのかな」
金井が泥染めを続けることでつないでいきたいのは、彼の肌に馴染むもの、大げさに言えば日本人が培ってきた文化なのではないだろうか。工場を再開してから半年弱が経ち、金井工芸ではアパレル関係の仕事が半分以上を占めるようになってきている。アパレルの製品の色目を紬でやってみようという声もあがるなど、金井の取り組みは本家本元の紬の活性化に還元されつつあるようだ。
「伝統工芸というと、形をきれいに残す感じが多いけれど、僕はそう思いません。時代時代で形は変わっていい。時代が求めるところに対してやれるような技術や姿勢や気持ちが、伝統工芸と言えるんだと思います」
筆者が金井に会ったのは3月10日。その翌日、東日本を地震と津波が襲った。被害の程度も内容も違うけれど、歴史の中で自然災害は何度も起き、その都度、自然の知恵を使うこと、人と人が助け合うことで、乗り越えてきたのだと思う。同じようにしてつながってきた泥染めという技術が今も存在し、その根底にある精神をつなげようとする金井のような人がいる。このことが今、この国の人々の勇気につながってほしいと願う。(文中敬称略)
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