2024年11月22日(金)

安保激変

2018年7月19日

(5)対馬における適切な防衛態勢の検討

 もし在韓米軍が縮小・撤退をしたとしても、韓国が中国・北朝鮮に完全に取り込まれることなく、北朝鮮を念頭にした防衛力整備を継続し、有事の際にはそれに抵抗することを考えるのであれば、日米が韓国への支援を諦めることはより長期的な安全保障環境の悪化を許すことになる。ただし、北朝鮮が大量のノドンを実戦配備し、核開発に成功した時点で、既に日本は朝鮮半島の安全保障をめぐる紛れもないフロントライン国家となっている。このリスクを日本が引き受けていることの戦略的重要性を、韓国そして米国は改めて認識すべきであり、三カ国の密接な協力の重要性を軽んじるべきではない。

 そうではなく、朝鮮半島が完全に中国の影響圏に堕ちるのであれば、今後は中国の海空軍が黄海から東シナ海、さらには対馬海峡から日本海へと向かう形で活動を活発化させることも視野に入れる必要が出てくる。この状況は、38度線が対馬まで南下するというよりも、南西諸島方面で生じている中国との小競り合いが対馬まで北上してくると考えるべきであり、日本はこれらの警戒監視・事態対処に必要な絶対量・活動量を増やさざるをえない。対馬から日本海に向けた中国海空軍の活動が活発化するとすれば、日本のイージス・アショアには弾道ミサイル対処能力のみならず、中国の水上・潜水艦及び爆撃機から発射される巡航ミサイルに対処するための能力を付与する必要性が猶更高まるだろう。

 その上で、日本の防衛における対馬の戦略的位置づけと防衛力整備の在り方は、今後どのようなシナリオの下で、いかなる脅威に備えるかによって大きく変わってくる。もし、朝鮮半島からの着上陸侵攻の可能性を本気で想定するのであれば、水陸両用機能を持つ地上戦力をあらかじめ対馬に張り付けるという選択肢も視野に入ってくるだろう。それとも、対馬海峡周辺における中国海空軍の活動を考慮するのであれば、対馬には南西諸島で実施しているような地対艦・地対空ミサイルの配備を進める必要が出てくるかもしれない。だがこのときには、韓国が有する射程800㎞の弾道ミサイルや射程1500㎞超の巡航ミサイル能力をどのように計算に入れるかも問題となってくる。当然、これらのミサイルが日本に向くことを望まないのであれば、いかに政治的困難があろうとも、韓国と外交関係を少しでも良好な方向にマネージすることがより重要となってくるだろう。

不確実な将来に備えて

 現在防衛省は、日本の防衛戦略の骨格となる「防衛計画の大綱」の見直しと、今後5年間の装備調達計画である「中期防衛力整備計画」の策定を進めている。元々防衛大綱は、概ね10年先を見据えて作られる戦略指針であったが、日本を取り巻く安全保障環境が急速に変化していることに合わせて、近年では6年(16大綱→22大綱)、3年(22大綱→25大綱)、5年(25大綱→30大綱)と短い期間での見直しが行われてきている。今年末までに策定される30大綱がどれだけの有効期限をもって運用されるかはまだ誰にもわからない。しかし1つ確かなのは、日本がこれから直面することとなる安全保障環境はこれまでになく厳しいものになるということである。

 そこで必要とされることは、現在のリスクを適切に把握すると同時に、現状を放置することによって生じる将来のリスクとを冷静に比較することであろう。朝鮮半島情勢をめぐる中長期的なシナリオを考えたとき、今再び北朝鮮に対する「最大限の圧力」に回帰することによるリスクは、現状を放置して惰性的な交渉が継続する場合のリスクと比べて、必ずしも高いとは言い切れないように思われる。

 6月18日に米上院本会議で採択された2019会計年度の国防授権法案には、在韓米軍を朝鮮半島から取り除くことが中国、ロシア、北朝鮮の長年の戦略目標であったこと、そして北朝鮮のCVIDを追求するにあたり在韓米軍は「交渉できないもの(non-negotiable item)」であるとの条項が盛り込まれた。また文政権としても、在韓米軍の即時撤退や米韓同盟の解体までを望むことは現実的には考えにくいかもしれない。しかし、トランプ政権と韓国・NATO諸国との防衛費負担をめぐる問題とそれに派生する米軍再編の議論は、2000年代に行われた世界規模での米軍態勢の見直し(Global Posture Review)の再来を予感させる。

 日本における国際情勢分析の第一人者として知られ、筆者の上司であり師でもあった岡崎久彦大使は「情勢判断で大切なのは、目の前の事実をその都度思索して、どんなことが起きても、それらを既に見たことがある(déjà vu)、前にも考えたことがあると思えるようにしておくことだ」と述べていた。先の見えにくい今だからこそ、様々なシナリオを想定した思考実験を繰り返しておくことは、急速な情勢変化の中で適切な判断を下すのに必要な即応性を鍛える訓練と言えるかもしれない。

  
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