「和諧社会」の正体は
実は、世界一のスピードを目指した北京―上海間高速鉄道を、中国の高度成長の象徴であるGDPと重ね合わせる見方は中国国内で多い。中国の高速鉄道は、胡錦濤の政治スローガン「和諧社会」(調和の取れた社会)から取り、「和諧号」と呼ばれるが、貧富の格差、幹部の腐敗、不公平社会など社会矛盾を抱え込んだのが「和諧社会」の正体。さらに言えば「和諧号」もこれに劣らず、様々な問題を内包しているからである。
筆者は最近上梓した『中国人一億人電脳調査 共産党より日本が好き?』(文春新書)の中で、中国版ツイッター「新浪微博」を利用し、「80後」「90後」(1980年代、90年代生まれ)の若い網民(ネットユーザー)に対し、「GDP日中逆転」について直接、質問を投げ掛けた。以下、網民のつぶやきである。
「日本のGDPは金を含んでいるが、中国のGDPが含んでいるのは水です。中国は家や道路が好きで壊しては建てているが、GDPの中にはどれくらい(本物の)鉄筋やセメントを含んでいるのでしょうか」
「中国のGDPはバブルと一緒です。幻で、中身はありません。魂のない競争力です」
いわばGDPが増加すればするほど、国民は不幸になるとの発想が強まっている表れだ。
中国社会の縮図「車内格差」
北京と上海を結ぶ「和諧号」も、スピードが速くなればなるほどコストはかさみ、安全性にも懸念が強まる。また北京―上海間は時速300キロ以外にも、運賃を下げるため250キロの列車も走行。胡亜東鉄道次官によると、運賃は最も高い300キロのビジネスクラスは1列3席、座席を横にしてベッドにもできるゆったり感とぜいたく感が特徴で1750元。250キロの2等席(410元)の4倍以上で、北京―上海間を約2時間で飛ぶ飛行機エコノミー席よりも高い。
410元でも庶民にはなかなか手が届かない額だ。いわば中国で深刻化する貧富格差の縮図として「車内格差」が存在する。いくら高速鉄道が開通しても、春節(旧正月)になると、従来の鈍行列車で立ったまま、かつ快速列車に追い抜かれながら故郷を目指す「我們(われわれ)」(農民工=出稼ぎ労働者)にとって、高速鉄道に乗車する特権階級は「你們(あの人たち)」であり、「仇富」(金持ち敵視)の対象だろう。
さらに山東省など高速鉄道の沿線では騒音問題が起こっている。そして鉄道相ら鉄道関係者が汚職で摘発されるとなれば、スピードを求めた中国版新幹線は「夢」を乗せるものではなく、「高コスト」「危険」「格差」「不公平」「環境破壊」「汚職」という中国社会の「負」を乗せて走る。「高速鉄道」までもが政治的に敏感に問題になってしまったのだ。
米国で競合する日中「新幹線」
北京―上海間の高速鉄道は国内問題だけでなく、国際社会からも「異質」と映ってしまったところが、安全保障面などで対外的に摩擦が絶えない「大国」中国の現実と重なり合う。
言うまでもなく、特許出願問題だ。中国側は、日本の「はやて」の技術をベースにした「CRH380A」などの製造技術特許について日本や米国、欧州、ブラジル、ロシアで国際出願手続きに着手したのだ。
中国側の論理は「(日本などから)供与されたのは時速200キロの車両で、300キロ以上出せるようにしたのは中国の独自開発によるものだ」というもので、特許取得を武器に、高速鉄道の海外輸出戦略に弾みを付けたい意向だ。例えば、中国の鉄道企業は米ゼネラル・エレクトリック(GE)の協力を受け、中国の高速鉄道技術を米国に売り込む方針だが、カリフォルニア州に新幹線を売り込む川重やJR東日本など日本勢と競合することが予想される。
再考求められる中国との向き合い方
中国高速鉄道始業への参入に積極的だったJR東日本に対し、JR東海の葛西敬之社長(当時)は2003年7月、「ノーリスクが法的、契約的に保証されない限りは参入しない」と表明。同社の山田佳臣社長は、中国の特許出願問題発覚後の先月末、「新幹線技術は国内メーカーと旧国鉄の技術陣による長い期間の汗と涙の結晶」と、川重に対して断固たる対応を取るよう求めた。
技術を与えた相手が、その技術を他国に持ち出し、それが自国の海外戦略を不利にする――。こうした事態に直面し、日本政府・企業は知的財産戦略ばかりか、中国との向き合い方にも再考が求められている。
◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
◆更新 : 毎週水曜